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『さよなら妖精』の主人公の守屋ではなく、太刀洗を主人公に選んだのはなぜ?

――だから献辞にマーヤの名前があるんですね。さて、今回の舞台は2001年という設定です。太刀洗が遭遇したのは、実際に起きた、王太子が国王である父親をはじめ9人を射殺したナラヤンヒティ王宮事件。ジャーナリストとして独自に調べようと行動を起こしたものの、極秘裏に取材した人物が翌日死体で発見されてしまう。なぜネパールのこの事件を選んだのでしょう。

米澤 遠い国の話を自分がどう受け取るのかという主題を考えると、そこから導かれる舞台として、読者と関係ないところを持ってこなければ意味がありませんでした。ナラヤンヒティ王宮事件については以前から知っていたので、主題に見合う舞台として選びました。

『さよなら妖精』の時は10代の子たちの話ですから、彼らがユーゴスラヴィアに行って大状況と繋がることは無理ですし、そこに行きたいと思うこと自体、若干の思い上がりでもある。でも今回、20代の大人である太刀洗にとっては、大状況に関わらないほうが怠慢に近い。それで、現地で外国の事件に遭遇するという話になりました。

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――ネパールの街の様子も丁寧に書かれているし、2001年のインフラやネット環境なども、ああそうだったっけ、と思いました。いろいろ調べるのは大変だったのではないですか。

米澤 年鑑やデータ系の資料集めは妻が手伝ってくれまして、すごく助けられました。カトマンズには今行っても、当時とは街並みが大きく変わっているそうなので、実は取材旅行はしませんでした。それよりも当時の旅行記などの書籍、王宮事件の記事などを参考にしました。近過去を書く難しさも実感しました。当時はまだ気軽に海外にノートパソコンを持っていく人は少なかったんですね。そうした状況も確認していきました。

――第9章で、太刀洗が取材相手から「お前が書く記事は日本語だ。お前の記事は日本で読まれる。それが、この国となんの関係がある?」などと言われ、窮します。実はこの作品で最初に書かれたのは、この第9章の会話の部分だったそうですね。

米澤 そうです。レゲエの音楽が流れる陽気な喫茶店で(笑)、お話の端緒を探すつもりでリングノート4ページ分くらい、さらっと書いたんです。取っ掛かりに過ぎませんが、そこではじめて、この小説は出来上がるかもしれないと思いました……やはり最初は、このテーマを小説で書き切れるのか不安感はありましたので。

――その会話以降、太刀洗は記者としての自分と向き合うことになり、その迷いも丁寧に描かれます。また、本当のことが分かった時に、ある人物の悲痛な訴えがこちらの心に届いてくる。

 

米澤 太刀洗が第三者的に「誰かの物語」に関わる形の方が楽ではありますが、今回は太刀洗が挑んでいく話だから彼女自身のことを書くんだ、ということを意識しました。ミステリーの部分に関しては、これは謎が解けておしまい、という話ではありませんから、そこからさらに立ち上がるものを書きたいという思いがありました。

――やはりそこが胸に突き刺さりました。ところで、なぜ『さよなら妖精』の主人公の守屋ではなく、太刀洗を主人公に選んだのでしょうか。守屋君はその後どうなったのかなあと……。

米澤 太刀洗が『さよなら妖精』の探偵役だったからです。あれは最初に太刀洗が真相を看破して、物語の語り部たる守屋に真相に関するディレクションをするという、ちょっと変わったミステリーではあったんです。

 守屋は学究のほうに行くだろうな、という思いがありました。それこそ大学に残って研究をしているとか。自らペンとカメラを持って事件の場所に飛び込んでいくとなると、やはり太刀洗だと思います。

――その太刀洗の短篇はもう何本も書かれているわけですよね。

米澤 はい。それに書き下ろしを加えて、年内に『真実の10メートル手前』というタイトルの短篇集として、東京創元社から刊行する予定です。