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連載昭和の35大事件

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, メディア

説教強盗に続いた"講談強盗"の存在

 この説教氏の出没と前後して、知名人ばかり狙った岡崎勝之助という強盗があり、これが捜査当局を面食らわしたが、脅し文句と共に必ず何かしゃべるところから、当時の東日紙が“講談強盗”の名をつけて、“説教”に対抗のかたちをとった。

 そしてこれが美しいおばさんであった三宅やす子女史を襲うに至って、彼は一躍強盗界の花形になってしまった。

 この三宅女史を被害者とする強盗事件が、どんな騒ぎを起したかは記憶する人も多かろうが、私が忘れられないのは、この犯人のつかまった時の話だ。

 およそ世上を騒がした事件の犯人というものは、桐ヶ谷の量的殺人の如きは別として、捜査当局の科学的な追求によるか、神経のこまかい交番巡査の不審訊問によって、つかまるものが多いのだが、この講談氏はまことに妙な場所で妙な方法でつかまった。

 もちろん、つかまった時にはそんな大モノとは思われず、アトになってウワアということになったのだが――。

講談強盗確保の一部始終 “水、水、水をくれェ!”

 その頃のある朝、銀座松坂屋の6階の売場につとめる娘さんが、いつもの様に出勤して売場に掛けた布をたたみ、はたきをかけていると、どこからとなく出て来たソフト帽の紳士が、すましこんで歩いて来た。

 開店後なら極めてあたりまえのお客さまだから、近くに出ていた何人かの同僚も、それ程怪しみもせず見のがしたのだが、この娘さんだけはすぐにピンと来た。

 “アラ開店前なのに――”思うとすぐ、“もしもし”と呼びかけてその紳士のあとを追った。

 ここで立止って“どちらから?”と聞かれ、ニセ刑事を装うとか、客だと答えてゴタゴタしていれば、あるいは逃げ場も見つかったろうが、何しろスネにキズをもちすぎるから、黙って娘さんに一ベツを与えただけで急ぎ足になった。

 いよいよ怪しいと感じた娘さん、すぐに追いかけながら近くに居合した男店員に知らせ小走りに追いすがろうとした時、エレベーター前にかかった男は、矢庭に階段を駈け下り出した。

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 ソレッと追う数名の店員、エレベーターを中にして4階3階2階1階と下った時には、かなりおくれていたが、男がそのまま行き止りの地下へとびこんだのが運のつき、あわてて戻って1階裏手の出入口にかかった時にはもう、衿に手が届かんばかり、男はそれでも必死に駈けて三、四十間、表道路(銀座うら)をいったが、ついに突き倒されて何人かに押えつけられた。

 とたんにこの男、息を切らしながら、

 “水、水、水をくれェ!”

 と叫んだものだ。

 これが講談氏逮捕の状況だった。逮捕の殊勲者は最初にとがめた娘さん、すこしスガ目の可愛い娘さんだった。