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連載春日太一の木曜邦画劇場

濃厚な濡れ場の連続だが青春映画の切なさ漂う!

濃厚な濡れ場の連続だが青春映画の切なさ漂う!

『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』1976年作品・東映ビデオ

2016/11/29
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 自分で言うのも厭らしいが、メジャー週刊誌でこうも自由に旧作邦画を取り上げることのできる連載はそうないのではないだろうか。にもかかわらずメーカーの注目度は低いようで、これまで一度もサンプルの新譜が送られてきたことはない。旧作を宣伝する媒体はそうないはずなので、もう少しこの連載を利用してくれてもいいのに――。そう愚痴っていた声が届いたのか、先日、突然サンプルDVDがドッサリと届いた。送り主は東映ビデオ。この連載との親和性はバッチリのメーカーだ。

 送られてきたDVDに、発売されているなら早く教えてよ――と言いたくなるような待望の作品があった。それが今回取り上げる、『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』だ。

1976年作品(84分)東映ビデオ 4500円(税抜)レンタルあり

 極道として戦後の渋谷を席巻し、その後は逮捕されて足を洗い、役者に転身した異色の経歴の持ち主・安藤昇。本作は、安藤が自分自身を演じ、全国に指名手配をされてからの逃亡の日々が描かれている。

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 本作を演出した田中登は、ロマンポルノ出身の監督だけに、全編にわたって安藤と愛人たちの濃厚な濡れ場が官能的に展開している。だが、本作の魅力はそれだけではない。

 抒情派で知られる田中はヤクザ映画にもかかわらず、少女マンガのようにリリカルな映像を見せてくる。安藤やその子分たち(石橋蓮司、蟹江敬三、内田勝正、中田博久ら)といった強面の面々がカントリー調の寂しげなBGMと共に、淡くて繊細なタッチで映し出されているのだ。その上、ほとんどが結核を患っているのもあって、彼らにヤクザらしい勇ましさは全くない。

 この演出、当初は強烈な違和感があったが、観ているうちに慣れてきて、むしろ彼らが可愛らしく思えてきた。

 特に印象的な場面がある。

 物語の終盤、警察に追いつめられた安藤は最後まで従った子分(石橋)とヤケクソのように海岸を走る。砂浜で海風を受けながら、笑顔で。そんな二人の背後では水面がキラキラと光り輝いていた――。

 切迫した状況が幻かのように、きらめく海辺を楽しげに駆ける二人の爽やかな姿には、青春映画の恋人同士のような瑞々しさがあった。二人は、ヤクザの主従として過ごせる日々が残り少なくなっていることを確実に意識している。だからこそ、せめて今だけは目一杯に楽しみたい――。そんな想いが背景にあるため、画面は輝いているのに二人のシルエットは儚(はかな)げに映り、「失われゆく青春時代」へのレクイエムとして切り取られることになった。観ているこちらは走っている二人の強面も忘れ、胸がキュンとしてきた。

 嬉しい作品と再会できた。東映ビデオ、ありがとう!
 

濃厚な濡れ場の連続だが青春映画の切なさ漂う!

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