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連載昭和の35大事件

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, メディア

「平沢は犯人と思えません」

 平沢の死刑が確定した時、私は新聞記者に聞かれて、正直に「平沢は犯人と思えない」と、感じたままを答えました。ところが、それから私の家には投書がたくさん舞いこんだのです。その殆んどは、「余計なことをいうな。ロクに覚えてもいないくせに」とか、「青酸加里をよろこんで飲むような頭で、何が判るか」とか、「捜査したものの苦労もしらないで」とかいうものでした。私は聞かれたから答えたまでなのに、投書する人たちは頭から私を批難する、ヤレヤレという所ですね。

 ヤレヤレといえば、平沢一審の時、法廷に呼ばれて証言を求められたので、「平沢は犯人と思えません」と答えたところ、高木検事が起って、「証人の夫は新聞記者で、平沢を白と主張している。その影響で証人も白というのではないか」と論じておりました。

 検察側に十分な証拠があって自信があるならば、証人のうち1人ぐらいが“白”だという方が、かえって裁判に、客観性がでてよいと喜ぶでしょう。余程これは自信がないのだな、と思いました。夫がどうだから妻がどうだ、という考えは、古くさい考え方ですね。

1948年8月25日の東京朝日新聞 

 主人の白説と私の感想とは、全然関係がないのです。主人のいうのは、犯人がどうとかというより、あの薬が、青酸加里じゃないんじゃないか、というんです。つまり、皆が飲んで、4分も5分もしっかりしていた。8歳の子供もやはり、洗面所まで行ってから死んでいる。青酸加里ならもっと早く死ぬべきだし、少くとも青酸加里を使う犯人は、早く死ぬことを計算にいれておくべきだ。ところが犯人は1分たったらこれを飲めとかいって、落着いて第二薬を配っている。犯人は、むしろ薬の遅く効くことを、計算にいれていたようだ。などという探偵小説みたいなことをいっているのです。私はただ平沢は、どうもあの時の犯人のようじゃない、という感じをいっているのですから、全く違うことなのです。違うという感じはあの時の犯人はとにかくお医者だったということなのです。

 例えば、私たちに薬をのませるのに、「これは赤痢の予防薬だ」ということを、説明していないのです。“私たちは飲むんだ”と頭から決めてかかっているわけです。只、飲み方だけ説明しているのです。

獄中での平沢。接見した弁護士が撮影したもの

 日本のお医者さんは、こういうとおこられるかも知れませんが、そういうところがあると思います。いちいちこの薬は何で、などと説明しないところが、日本のお医者の“権威”あるところだと思うんです。そして犯人からそういう“権威”が感じられたんです。

 また顔も違うんです。平沢の顔は、どうもほほ骨が、発達し過ぎているようなんです。犯人を真正面からみているのは私と吉田支店長代理です。

 私は、どうも平沢のほほ骨が、気にかかるのです。 

(筆者は事件当時の帝銀行員)

※記事の内容がわかりやすいように、一部のものについては改題しています。

※表記については原則として原文のままとしましたが、読みやすさを考え、旧字・旧かなは改めました。
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