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連載昭和の35大事件

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, メディア

死一歩前の生還

 それはとにかく、お手本まで示されたのですから、私たちは犯人の「どうぞ」という声に一斉に手を出して、自分の茶碗を取り、一挙に飲みほしました。薬の量は盃に3分の1ほど、味はさきほど書いたように濃いウイスキイ、喉に焼きつくような感じでした。茶碗を、もとのお盆に返しました。

 犯人は机の下から、ちょうど「うがい薬」をいれるようなビンを取りだし、16個の茶碗に注ぎました。毒薬を飲ましておきながらしかし犯人は落着いたもので、順々に第二薬を分配したのです。ビンの口から直接茶碗に注いだのですが、手ぎわよく、余りコボシもせず注ぎ終りました。

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 皆、喉がヒリヒリするので、終るのを待ち兼ねるように手を出しこれを飲んだのですが、喉のヒリヒリが治らないのです。しかしまだこの時は皆さんしっかりしていて誰も第二薬をこぼしたり、茶碗を取り落す人もいなかったのです。2、3人の人が、「ウガイに行って宜しいですか」と質ねると、犯人は、「ハイ宜しい」と答えました。そこで、皆、洗面所の方へ走りました。洗面所に行くと、ちょっと手前に台所があって、此処の方が早いと気がついてのぞいてみると、もう2、3人の人影が、水道の所に集っているので、また気が変り洗面所に行ったのです。先頭で、計算係の西村英彦さんという38歳になる人がウガイをしており、女子行員が2名、その後に続いておりました。私は、4番目だなと思っている時、先頭の西村さんが、くずれる様にしゃがみこみ、そしてあおむけに倒れたのです。

「西村さんが」と、私は思わず声を出してのぞきこむと、大きな目を開けて倒れているのです。その目のあけ方が異様に感じられて、私は、「吉田さん、西村さんが倒れましたよ」と叫びながら、店の方へ引き返したのです。

「毒を飲まされた。皆やられたに違いない」

 しかしまだ、これは大変なことになったという感じを持っていたわけではありません。また、毒を飲まされたとは、もちろん感づいていないのです。この辺のところを考えると私ももう薬がまわってきていて、思考力がなくなっていたのかも知れません。この時は、すでに第一薬を飲みほして4、5分は経っていたと思います。

 私はお店の方へ戻ろうとして、途中で気を失ったのです。フーッと判らなくなって、それでも2、3歩あるいたのでしょうか。気がついた時は、小使室に居りました。あれで、30分ぐらい気を失っていたのでしょうか、気づいた時は、あたりが薄暗くなっていました。

「毒を飲まされた。皆やられたに違いない」と考えました。割合しっかりしていたと思うんです。そして、どうしてもこれは外の人に知らせなくては、と這い出したわけです。

 苦しくて苦しくて、こう息がつまるような苦しみなんです。あとで話をきくと、まだ皆さん死に切れなくて大きな声でうなっていたそうです。だけどそんな声は聞えないのです。また小使室の入口や廊下に、倒れていた人や死体があったのですが、それにも気がつかない。無我夢中でのり越えて、這い出したのです。

 表は、人の顔や着物の柄が、判るくらいの明るさでした。最初に通りかかったのは、27、8歳位の主婦が2人、買物の途中で袋をさげ、1人は赤ちゃんを背負っていました。