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宗教、少年犯罪……自分が分からないことをテーマにしてきた

――ところでこの作品の発端のひとつになった『新月譚』は、何がきっかけでお書きになったんでしょうか。小説家が小説家の話を書くって、ハードルが高いと思うんです。しかも女性作家が主人公ですよね。

貫井 直接のきっかけは忘れてしまいましたが、もともとタイムスパンの長い話が好きなんですよ。人間の運命を丸ごと描くような話が好きなので、それを自分でやりたかったという発想が絶対にあったと思うんです。でも確かに難しかったです。

――冴えないOLが人たらしな男の人に惹かれていきますよね。その過程で、これはもう好きになっちゃうだろうなというのがよく分かりました。

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貫井 ああ、思い出しました。僕は自分が分からないことをテーマにするんですね。たとえば僕は無神論者なので、宗教にはまる人の気持ちが分からない。だから宗教にはまる人の話を書いてみよう、とか。人を殺す少年の気持ちが分からないから、少年犯罪の話を書いてみようとか、そういう感じなんです。で、僕は女性が男のどこを見て好きになるのか分からないんですよ(笑)。だから一人の男をずっと好きでいる女の話を書いてみよう、という発想はありましたね。

――そこに創作というものを絡めたのはどうしてですか。

貫井 才能を発揮するものであればなんでもよかったんです。小説家にしていろいろとプロットを練っていくうちに「誰々に似ていると思われるかもしれない」という問題が出てきて、差しさわりがあると思って「やっぱり歌手にします」と担当者に言ったんですよ。ストーリーラインとしては歌手でも成立しますから。全然鳴かず飛ばずだった人が整形して美人になって、ヒットを飛ばしてどんどん大物になっていくという話にすればいい。でも担当者に「やっぱり小説家でいきましょう」と言われたので、「じゃあそうします」という感じで。

――才能があるのに、その才能を捨ててしまう。その心理にも興味があったんですか。

貫井 そうですね。女の人はなぜ男を好きになるのかということを「なぜだろう」と思いながら書いていくと、彼女は自分の才能すらどうでもいいんだ、という流れになってしまったんです。というか、むしろ愛が得られないことで皮肉にも創作のほうにエネルギーが注がれるみたいな話であったわけですけれども。

――分からないものを書くということでは、最近では『微笑む人』(12年刊/のち実業之日本社文庫)もそうですよね。「本が増えて手狭になった」という理解しがたい理由で妻子を殺害した男のことを小説家が調べていく話です。

微笑む人 (実業之日本社文庫)

貫井 徳郎(著)

実業之日本社
2015年10月3日 発売

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貫井 あれは分からないものの答えを見つけようというよりは、分かりやすさを求める世間に対して一石投じたつもりなんです。人のことってそんなに簡単に分かるものじゃないでしょう? 分かった気になりたいだけなんでしょう? という、ちょっと斜に構えた目線でした。

――その時著者自身でもまったく理解のできない、とんでもない人を描いて「ほら、分からないでしょ」と書かれてしまっては、リアリティがない。さじ加減が難しくないですか。

貫井 小説に求められるリアリティって、本当のリアルとは違うんですよ。実際に起きている変な事件を書いても、リアリティがないと言われてしまう。『微笑む人』の時にも、そんなの小説で書いたら絶対笑われる、という変な事件が実際に現実で起きていたんです。だからどうすれば本当に理解できない犯罪をリアルに書けるか考えた時に、理解できない動機がひとつだけだから受け入れてもらえないので、リアリティがない動機をいっぱい並べたらどうだろうと考えました。それをいくつも考えるのが大変でした。

――動機がきれいに説明できるほうが奇妙な気もしますよね。新聞報道で書かれる犯人の動機がだいたいみんな似ているのは、取り調べの時に誘導しているのかなとか、簡略化して発表しているのかな、と思ってしまいます。

貫井 誘導してるとは思うし、警察も分かりやすいところに落とし込もうとしているし、マスコミも分かりやすくして報道しているとは思うんですね。でも実際はそんな数行で説明できちゃうような動機のわけがないんですよ、人を殺す動機というのは。なのに報道を聞いてみんな分かったふうな気になっている。でも小説というのは、何万字も使って人の心の動きを説明できる媒体です。人の心はそんなに単純じゃなくて、もっと複雑なんだよということを表現したい、という気持ちが最近あります。『壁の男』がまさにそうです。『微笑む人』はあまりにも不親切だったので、今度はちゃんと腑に落ちるように書きました(笑)。