「『蜩ノ記』の現代版をやりたい」と編集者に話した
――最新作『壁の男』(2016年文藝春秋刊)は、北関東のある集落じゅうの家々の壁に絵を描き、今やその景観がネットで評判を呼んでいる一人の物静かな男、伊苅の物語です。稚拙なその絵がなぜ受け入れられたのか、そもそも画家でもない伊苅がなぜ絵を描き始めたのか。少しずつ彼の人生の真実が明かされ、最後には鈍器で殴られるように、ずしんとくるものがありました。どのようにしてこの物語が生まれたのかな、と。
貫井 きっかけはいくつかありました。担当者と次はどんな話を書きたいかと話していた時に、「葉室麟さんの『蜩ノ記』の現代版をやりたい」と言いました。理不尽な運命に耐えて最後に爆発する、というタイプの話を。
――そうなんですか。『蜩ノ記』は葉室麟さんの直木賞受賞作ですよね。10年後の切腹を命じられて幽閉状態にある男を監視する青年が、男の誠実な人柄に感銘を受けるという。いやあ、その影響を受けているとは気づかなかったです。
貫井 あまりにも違いますよね(笑)。でも、町中に絵を描いたのは、伊苅にとっての最後の爆発なんです。
それと、4年前に書いた『新月譚』(12年刊/のち文春文庫)が、才能があるのに愛を選んで創作を捨て、でもその愛が得られずに終わる女性作家の話だったんです。それで、今回は才能がないのに愚直にやり続ける男の話にしました。そのほうが読者も読んで共感しやすいかなと思ったんです。