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「工場のまち」川崎はなぜ“借りて住みたい街”2位になれたのか?

2019/06/22
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戦前から一大映画館街があった

 川崎における映画の発展の歴史は盛り場発展の歴史でもある。

 川崎駅周辺の盛り場は大正時代に始まった京浜工業地帯開発と共に生まれた。はじめは旧東海道の近くにある遊郭や貸座敷が中心だったが、昭和期になると映画館やジャズ喫茶、バー、カフェができていった。そして東京で映画館を多数経営していた美須鐄(みす・こう)が1936年に川崎に進出し、川崎に一大映画館街を作った。

 美須は第二次世界大戦後の1945年に「川崎銀星座」を開業。そこから映画館を再び次々と開業させ、銀星座から北に向かう通りが栄えた。その通りは南から、「銀映会」・「銀柳街」・「銀座街」と名付けられた。「銀」の字は銀幕に由来しており、ここからも映画館が栄えたことがよくわかる。戦後の川崎は競馬場や競輪場もできたが、映画はかなりの存在感があった。1960年ごろには川崎市内で年間延べ1200万人もの人が映画を見たというデータがある。市民1人が1年に30回も映画を見に行った計算になる。

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川崎の映画を牽引してきた「チネチッタ」

 そして美須の作った美須興行グループは1987年に老朽化した映画館群をまとめて「チネチッタ」を開業させる。チネチッタは現在も川崎最大の映画館として大きな存在感を保っている。

年間950億円を売り上げる巨大モール

 今度はJR川崎駅の西側に目を移す。なんと言っても目立つのは駅直結のショッピングモール「ラゾーナ川崎プラザ」だ。主に「ららぽーと」の名前で三大都市圏を中心にショッピングモールを展開する三井不動産のショッピングモールで、東芝川崎事業所跡地に開発され、2006年に開業した。中に入ると横140mの大屋根が目立つ。広大な敷地面積を生かして郊外型のショッピングモールに近い作りをしており、地上6階建てで店舗面積は79000平方メートル、300以上もの店舗が入る。

駅に直結している「ラゾーナ川崎プラザ」
「ラゾーナ川崎プラザ」には300以上の店舗が入っている

 驚くのはこの大きさだけではない。売り上げ額はなんと年間約950億円(2018年度)。これは三井不動産の開発・運営するショッピングモールでもダントツだ。また客単価が高い百貨店と比較しても売上高は多く、東急渋谷本店や小田急百貨店新宿本店の年間売上高と肩を並べる。

 じつは当初の年間想定売上高は約350億円だった。これが現在の年間売上高まで伸びた理由は、もちろんテナントの誘致力、魅力もあるだろう。しかしなによりもワンストップで完結する大型モールのポテンシャルを存分に生かせる「ターミナル駅直結」という立地にある。実際、川崎駅とラゾーナ川崎プラザを結ぶ歩道橋に立つと多くの人が行き交っている。三大都市圏で見てもここに匹敵する利便性と年商を兼ね備えるショッピングモールは数えるほどしかない。