文春オンライン

香港大規模デモで「後追い自殺が続発」という後味の悪い話

現地取材シリーズ「燃えよ香港」

2019/07/09
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「愛港烈士」の死によって盛り上がったデモ

 この男性Lは6月15日午後4時半ごろ、ビルの上から逃亡犯条例改正案を批判する文言の垂れ幕をかけ、背中にデモのメッセージを書きつけた黄色いレインコートを着たまま屋上に立ち続けていた。危険な状況を見て取った議員や警官が説得を試みたが、Lはそれに耳を貸さなかった。やがて同日9時ごろ、屋上で彼を制止しようとした消防士たちを振り切るような形で、Lはビルから落下して死亡したのである。

 この衝撃的な事件ゆえに、翌日のデモ現場ではボランティアが追悼の意味を持つ白い花を配り続け、多くのデモ参加者がこの花を手に行進した。デモの終着地点近くはちょうど事件が発生したビルであり、参加者たちが即席で作られた祭壇に大量に花をたむけたため、路傍が数十メートルにわたって白い花で埋め尽くされることになった。

Lが死亡したパシフィック・プレイス付近は、デモ中に配られた大量の白い花とメッセージカードで埋め尽くされていた。「200万人+1人デモ」翌日の6月17日撮影 ©安田峰俊

 熱心なデモ参加者のなかには、Lを「愛港烈士(香港を愛して犠牲となった義士)」といった呼称で呼ぶ人も少なからずいた。香港のデモでは特に6月16日以降、行政長官の林鄭月娥を「人殺し」と非難するようなプラカードやビラが大量に出現したが、これもLの死を受けてのことだった。

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「逃亡犯条例改正問題は香港にとって確かに大変な問題だが、生命を投げ出すような問題じゃない。彼の死を持ち上げるような動きには違和感がある」

 デモに参加した香港政府の元官僚のSさん(前回記事に登場)は、後日の取材時にそう話していた。私自身を含め、Lの行動に「いくらなんでもやりすぎでは?」とひそかに感じていた人も少なくない。そもそも、大規模なデモが予定されていた前夜に、運動に参加することなく死を選んだ行為は、大衆運動の熱狂から離れた客観的な目で見れば不合理な行動だったようにも思える。