続発する後追い行動
だが、Lの死から7月上旬にいたるまでの香港では、新たな問題が生じてしまっている。彼の後を追うような「以死明志(死をもって志を明らかにする)」行動を取る若者が続々と出て、いまや複数の自殺者や自殺未遂者が出る事態となっているのである。
たとえば、もともと恋人と別れるなどして精神的に不安定だったとされる21歳の女子大生は、6月29日に郊外のビルから飛び降りて死亡。逃亡犯条例改正案を批判する語句を含んだ遺言が壁に書かれているのが見つかった。翌日にも29歳の女性が、フェイスブック上に「7月1日のデモ(七一大遊行)には行けない」「完全に絶望している」と書き残して、市内中心部で飛び降り自殺を遂げた。
また、7月3日の現地報道によればある男性がフェイスブック上に政府を批判する言説を書き込み、1人目の死亡者(=L)と同じビルから飛び降りて死ぬと投稿。彼の死を止めるために複数のネットユーザーと警察・消防が現場に向かったところ、該当するような人物はおらず、彼は自殺を思い直したとみられた。だが、同日には28歳の女性が政府を批判する内容の遺書を残して、やはり飛び降り自殺を遂げている。
これらを報じる香港メディアのニュースには、複数の自殺防止ホットラインの電話番号を併せて掲載するなどしているものもあるが、それらを加えていない報道も少なくない。
シャープの親会社を襲った「ウェルテル効果」
中華圏の連続自殺事件といえば、2010年1月から5月にかけて、香港にほど近い中国広東省深圳市にある台湾企業フォックスコン(鴻海精密工業、シャープの親会社としても有名)の工場で中国人従業員13人が敷地内で自殺をはかった(うち死者10人)事件が有名だ。
彼らの死因はいずれも飛び降り自殺で、亡くなったのは当時17~25歳の若者たちだった。最初の1人目の動機は仕事上のトラブルだったとされるが、やがて恋人とのケンカや妊娠中絶など男女関係を理由とした自殺も複数件発生、動機不明の自殺も5件ほどあったとされている。
当時、フォックスコン工場の連続自殺の発生は、中国本土や香港・台湾のメディアが盛んにセンセーショナルに報じ、ネット上でも議論が沸騰した。不用意に大々的な自殺報道が流れることで、若者を中心に後追い自殺が発生する現象を「ウェルテル効果」と呼ぶ。
もともと、労働強度の高い無味乾燥な工場労働に従事していたところに、報道の影響を受けて行動する若者が続出したのが、このフォックスコン事件だったと思われる。