現代にも通ずる”若者をとりまく絶望”にもがいた金子文子
予審尋問調書や獄中手記を読んで驚くのは、金子文子の高い精神性と現代性だ。死後5年の1931年に出版された『何が私をこうさせたか』は、その3年前に発表された林芙美子の「放浪記」と好一対といっていい。事件報道解禁直後の1925年11月25日の東日朝刊では、朴と文子の短歌が紹介されている。「友と二人 職を求めてさすらいし 夏の銀座の石だたみかな」「これ見よと いわんばかりの有名な 女にならんと思いしことあり」。これらの文子の歌は、朴の詩が萩原朔太郎の影響を受けているらしいのに対し、「啄木ばりであるのも面白い」と同紙に評された。その通り、「我が好きな歌人を若し探しなば夭(わか)くて逝きし石川啄木」という歌もある。そればかりでなく、私には、石川啄木が「時代閉塞の現状」で描いたのと同じような、若者を取り巻く絶望的な状況を文子も感じて、もがいていたように思える。文子は『何が私をこうさせたか』にこんなことも書いている。いまの若い世代が抱える問題意識とどこかで共通しているのではないだろうか。
「私は人のために生きているのではない。私は私自身の真の満足と自由とを得なければならないのではないか。私は私自身でなければならぬ」
本編「朴烈文子大逆事件」を読む
【参考文献】
▽小松隆二編「続・現代史資料3 アナーキズム【オンデマンド版】」 みすず書房 2004年
▽金子文子「何が私をこうさせたか=獄中手記」 春秋社 1931年
▽金一勉「朴烈」 合同出版 1973年
▽布施辰治「怪写真事件の主点と批判」 「改造」1926年10月号
▽筒井清忠「戦前日本のポピュリズム」 中公新書 2018年
▽警視庁史編さん委員会「警視庁史 大正編」 警視庁 1960年
▽松本清張監修「明治百年100大事件」 三一新書 1968年
▽我妻栄ら「日本政治裁判史録 大正」 第一法規出版 1969年
▽鈴木裕子編「女性=反逆と革命と抵抗と」 社会評論社 1990年