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連載この鉄道がすごい

能登半島を走る“みやび”すぎる観光列車「花嫁のれん」の演出とは

旅人の幸せを願い、ハレとケの間を走る

2019/08/04

genre : ライフ, , グルメ

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金沢に着いたあと、和倉温泉に向かう気分を盛り上げる

 そして2010年に民放の昼の帯ドラマ『花嫁のれん』が放送されると、花嫁のれんは全国に知られるようになった。老舗旅館の大女将役は野際陽子、嫁役は羽田美智子。物語は「花嫁のれんをくぐらなかった嫁は認めない」という姑と、姑に反発する嫁のバトル。コミカルに描かれて人気を博し、2015年の北陸新幹線金沢延伸開業の直前までに4シーズンが作られた。「花嫁のれん館」には、花嫁のれんの前で微笑む野際、羽田の写真もあった。

 

 観光列車「花嫁のれん」は北陸新幹線の金沢延伸開業から約半年後、2015年10月から運行を開始した。JRグループが四季ごとに開催するデスティネーションキャンペーンで北陸地域が選ばれて、能登半島の旅の盛り上げ役として誕生した。北陸新幹線で金沢に着いたあと、和倉温泉に向かう気分を盛り上げる。七尾や和倉温泉では、のと鉄道の観光列車「のと里山里海号」に乗り継げる。

 ただし「花嫁のれん」が走るJR七尾線の車窓風景は残念ながら凡庸だ。海沿いを走るわけでもないし、渓谷を渡る鉄橋もない。ハイライトシーンがない。ただ田畑が広がり、民家が点在し、遠くに低い山並みがある。大都会からやってきた人には珍しいかもしれないけれど、地方ではありふれた風景といえる。だからこそ車内を楽しく演出する列車、「花嫁のれん」が企画されたといえる。

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ハレの席からケを眺める

 この列車のおもしろさは、車内の絢爛さと車窓風景のギャップにある。窓ガラス1枚隔てて、こちらは特別な世界、向こうは日常の世界。ハレとケがクッキリ分かれている。ビジネスライクな特急列車や各駅停車では日常を感じてしまう。観光列車の特別な空間が新幹線と和倉温泉を結び、旅のハレ空間を途切れさせない。

「花嫁のれん」が加賀の旧家の象徴とすれば、列車の「花嫁のれん」も旧家の趣を感じる。なにしろ車両は国鉄時代に作られたディーゼルカーのキハ48形。製造は1981年。鉄道車両の製造後38年は十分古い。しかし国鉄時代の気動車は丈夫で長持ちだ。これからも乗客の幸せを願って走り続けてくれるだろう。

 

写真=杉山秀樹/文藝春秋

※「花嫁のれん」と加賀料理をめぐる旅の模様は、現在発売中の『文藝春秋』8月号のカラー連載「乗り鉄うまい旅」にて、計5ページにわたって掲載しています。

文藝春秋2019年8月号

 

文藝春秋

2019年7月10日 発売

能登半島を走る“みやび”すぎる観光列車「花嫁のれん」の演出とは

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