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連載昭和の35大事件

2019/08/18

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, メディア, 歴史, 経済, 働き方, 映画, 音楽

「天井の抜け穴から抜け出して売店へ」1週間の籠城生活

 前代未聞の新戦術には違いないが、一体、幾日頑張り通すだろう。私たちは心配すると同時に、1日も早く争議を終えなければならんと考えた。

 食料の用意は1週間分ぐらいして、武蔵野館の表口から持ちこんだのであったが、これは他の争議団員たちが、自分たちへの差入れと思って、大部分ムシャムシャ食ってしまった。籠城の件は7人の勇士たちと、あと数名の幹部しか知らなかったのである。

 ところが、この籠城は予想通り1週間続いてしまった。その間、絶食するのやむなきに到ったのではないかと、私たちは気が気でなかったが、実に、意外なことがあって、どうやらもちこたえられた。

 映写室の天井に抜け穴があったのである。この抜け穴の存在を知るものは、館内でも2人か3人であった。七勇士の中に、それを知る1人が入っていた。そこで、空腹に堪えがたくなった彼らは、交るがわるその穴からぬけて、3階の売店に行って、キャラメルだのチョコレートだの、シロップだのを盗んできた。しかし、盗むということは気が咎めるのでゴールデン・バットの空箱に、

 ――右の品々争議解決まで借用候也

 と書いて、それをケースの中においた。この妙な借用証を、刑事に発見されてしまったのである。その結果、この分では、まだ何所にヌケ穴があるか分らん、籠城七勇士は交替にぬけ出して、新宿の夜店街など散歩し、ヤキトリを食ったり、10銭のウイスキーを飲んだりしているらしい、というデマが飛んだりした。

 デマと云えば、東日紙上に

金を懐中に夢声軟化す

 という見出しの大デマが出たには、私も驚ろかされた。私が、会社から2500円の現ナマを貰って、争議団と袂を別つに到ったという記事である。

「おい、大分、ふところが温かいそうだな、一杯おごれよ。」と、冷やかされたり、

「君にしちゃ大出来だね、うまく手を引いたもんだ、見直したよ。」と、あざけられたり、私は散々の目にあった。

「オラはタヌキなんかじゃ断じてねえだぞ」武蔵野館との交渉劇

 武蔵野館従業員争議団の要求条項は次のようなものであった。

 一、全従業員を無条件で引継ぐ事
 一、賃金値下げ反対
 一、解雇絶対反対
 一、本人の意志に反し転勤をさせざる事
 一、退職手当を制定する事
 一、公休日を三日以上制定する事
 一、大入手当を復活する事
 一、時間外の手当を支給する事
 一、病気欠勤は月給全額を支給する事
 一、女子従業員に生理休暇を制定する事

(他11ヶ条)

 

 さて、これが仲々難かしい交渉となったのである。争議団側の委員長が、

「かくの如き客観的情勢なるにも拘らず、君たち資本家はだ、1枚のハガキで従業員を馘首し、テンとして恥じない。」と、紋切り型で攻撃すると、武蔵野館社長は、

「オラは何もハア、皆をクビにするちゅう気は無かっただが、おめえらの方でストライキなんどオッ始めるから仕方ねえだ。もっともストライキは近頃のハヤリモノだで、おめえらもちっとべえ、やらかして見てえに違えねえが……」

「おい社長ッ、ハヤリモノとは何んだ。怪しからんことを云うなッ。もっと誠意ある返答をしろッ。」

「いや、オラは誠意のねえことは一言も云わねえだ。今日の新聞には、オラのことをタヌキ社長だなんて書いてあったが、オラはタヌキなんかじゃ断じてねえだぞ。」

 まあ、ざっとこんな問答がくり返されたのであった。

 で、散々もみにもんだ末、どうやら妥結という段取になり、私たち説明者の首も、翌年の3月までつながったのである。退職手当はその時結ばれた規定に従い、6ヵ月分支給された。

 この争議の特色は、新聞があれだけ大きく扱ったのに、検束者を1人も出さなかったという点である。これは全映から指導者として派遣された渡辺氏の戦術が巧妙であったのと、淀橋警察署が非常に争議団側に対し同情的であったことによる。

 争議団本部は、後半、別の新築長屋に移ったが、そこに浅沼稲次郎氏が、応援激励演説にやってきた。この間、週刊朝日の対談で、ヌマさんに会い、この時の話をしたら、彼は少しテレたような顔をして笑った。

浅沼稲次郎氏 ©文藝春秋

 七勇士の1人丸山章治君は戦後、共産党に入り、東宝争議の時は教育宣伝部長として大活躍をした。

※記事の内容がわかりやすいように、一部のものについては改題しています。

※表記については原則として原文のままとしましたが、読みやすさを考え、旧字・旧かなは改めました。
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