「常磐線の上り線を、藤代から取手まで運転していただきます」
案内をしてくれたのは同センターグループリーダーの服部一利氏。北海道などでディーゼル機関車に乗ってきた元運転士。大きな声ときびきびとした動きが印象的な教官だ。
「どうぞおかけください」
服部教官に促されて、機関車の運転席に座る。フロントグラスの外にはモニターがあり、そこに映し出されるCGの画像を見ながら運転するのだが、映っている風景に見覚えがある。
「今日は常磐線にしました。長田さんに前回乗っていただいた常磐線の上り線を、藤代から取手まで運転していただきます」
昨年、「東京タ」と並んで東京を代表する貨物駅「隅田川駅」を取材した際に、特別に常磐線の土浦駅から隅田川駅まで貨物列車に添乗させてもらった。その時に運転席から見たのと同じ風景が、CG処理されてモニターに映っていたのだ。
さすがに指導教官は準備に余念がない。記者が昨年書いた貨物列車の添乗記はもちろん、数年前に寄生虫に当たった時に書いた「わがアニサキス戦記」という、貨物とも鉄道とも無関係の記事にまで、事前に目を通して下さっていたという。ありがたい。モノカキ冥利に尽きる。
常磐線の藤代駅と取手駅の間には、交流から直流に切り替わるデッドセクションがあるので、研修素材としてよく利用されるという。このシミュレーターには他にも、保安装置の切り替えがある東海道本線の醒ケ井~米原間、特殊な保安装置を使う新潟県の白新線などの映像データが入っているという。
「白色灯点灯ヨシッ!」「通過95! 95ヨシッ!」
記者が運転席に座ると、服部教官は出発前の確認作業を始めた。運転席の周囲にある色々なスイッチを入れ、メーターの類などを指さしながら、よく通る大きな声で喚呼する。
「方向性切り替えスイッチA線ヨシッ!」
「白色灯点灯ヨシッ!」
「通過95! 95ヨシッ!」
「藤代#$♭&!」
ところどころ聞き取れない専門用語が挟まるのだが、記者が運転席で呆然としているうちに、教官によってたちまち出発準備が整った。
「進行!」と服部教官が叫ぶ。しかし、あいにく記者は普通自動車の免許しか持っていない。電気機関車の動かし方を知らないのだ。
どうしたものかと困っていると、教官が言う。
「ここは緩やかな下り坂なので、ブレーキを解除すると前に転がりますよ」
それは大変だ。大事故につながりかねない。とりあえず発車しなければならないのだが、妙なところを動かして高価な電気機関車を壊してもいけない。見かねた教官が指示を出してくれた。白いボタンを押したり、黄色いボタンを押したり、もう一度黄色いボタンを押そうとしたら「もう押さなくていい」といわれて押さなかったりした末に、ノッチを「10」に入れたら、わが列車はゆっくりと前進を始めた。
それはじつに感動的な発進であった。そもそもこの人生で貨物列車に乗れるなどと思っていなかったのに、昨年と今朝の2度にわたって乗ることができた。そしていま、よもやこの人生で運転できるなどと思っていなかった電気機関車を、シミュレーターとはいえ運転できたのだ。