教官は最後まで安全確認を怠らない
「替わります?」
「はい、替わります!」
藤代取手間第二閉そく信号機の手前で運転士が交代した第2074列車は、取手に向けて出発した。
運転席のIデスクはうれしそうだ。
服部教官の指示に従い加速していく。今度の運転士は前任者より呑み込みがいいようで、スムーズに加速し、軽快に進行していく。モニターの雨もやみ、快適な運転を楽しんでいるようだ。
そして、その後は何のトラブルも起きないまま、列車は取手駅に到着した。
普段あまり表情を顔に出さないIデスクが、満面の笑みで機関車から降りてきた。
「いやあ、楽しかったです!」
そのあとから服部教官が降りてきた。
「右ヨシッ! 左ヨシッ! 足元ヨシッ!」
教官は最後まで安全確認を怠らない。
安全を確認せずに降車してしまった記者とIデスクは、恥ずかしくなってうつむくのだった。
懐中電灯一つで最大26両の列車を一人で点検
訓練の途中で知ったのだが、「輸送指令」氏は我々が乗っている機関車の目と鼻の先にあるコンソールに座り、乗務員の表情を見ながら、列車に雨を降らせたり、信号機に雷を落としたり、線路にシカを放ったりしていたのだ。
どんな「異常」を起こすかは、服部教官にも伝えていないという。それを聞いて、異常発生時の服部教官の迅速かつ的確な対応ぶりに、あらためて驚かされた。
シカと衝突した時、服部教官は機関車の安全確認のため線路に降りた。今回は訓練なので機関車の足回りのみの確認だったが、実際の本線走行中の異常時には、後ろの貨車もすべて確認することになる。
しかも、日本の貨物列車は夜間に走ることが多い。人里離れた山間部で深夜に緊急停車すると、懐中電灯一つで最大26両の列車を一人で点検して歩かなければならないのだ。脱輪の有無を確認するだけでなく、衝突した動物の確認もしなければならない。しかも、衝突するのは動物だけとは限らない……。
今回の体験訓練では、服部教官の「安全」に対する思いの深さが強烈に印象に残った。施設概要を解説してくれた浅井氏も、この研修施設で行われるすべての教育プログラムは「安全」という土台の上に乗っている――と話していた。以前インタビューした同社の真貝康一社長は、「安全への意識が頭から離れることはない」と語っていた。旅客を扱わない鉄道会社にとっても、最も重要な要素が安全だということを、今回の取材で身に染みて理解することができた。
貨物列車を見る目が、少し変わった。
写真=山元茂樹/文藝春秋