「輸送指令輸送指令」と2度繰り返す
機関車を降りて後方へと走って行った教官が、遠くのほうで「ヨシッ!」と声を挙げているのが聞こえる。記者も行くべきかとも思ったが、教官のきびきびした動きについて行く自信がない。へたに動いて足手まといになってはいけないので、運転席でシカの無事を祈る。
ややあって点検を終えた服部教官が戻ってきた。無線で輸送指令を呼び出し、脱線等の異常がないことを伝える。
運転席の周りで色々と点検し、ブレーキにも異常がないことを輸送指令に伝える。
服部教官が輸送指令を呼ぶときは、「輸送指令輸送指令」と2度繰り返す。プロ野球中継のヒーローインタビューや大相撲中継の支度部屋情報の時の「放送席放送席」と同じだな……と、どうでもいいことを思う。ちなみにこの間、服部教官からも輸送指令からも、シカの安否への言及はなかった。
緊急停車から16分後、輸送指令から運転再開の許可が下りて2074列車は発車した。
ようやく運転にも少し慣れてきた。
突如「ブー!」とブザーが鳴る。これはEB装置といって走行中に1分間、何の操作もしないでいると鳴る運転士の生存確認ブザー。これに応じないと自動的に機関車は停止する仕組みだ。停止してはいけないので、元気であることを伝えるボタンを押す。これくらいのことは教官の手を煩わせなくてもできるようになっていたのだ。
「見て下さい。信号が消えてます」
しかし、ここで再び服部教官が異変を察知する。
「ブレーキ!」
またもや緊急停止だ。
「見て下さい。信号が消えてます」
言われてみれば消えているようにも見えるが、遥か先なのでよくわからない。このあたりは、経験と注意力の差なのだろう。
「輸送指令輸送指令。こちら2074列車。藤代取手間上り第二閉そく信号機が滅灯しております。どうぞ」
これを受けて輸送指令が調査したところ、落雷による故障であることが分かった。
輸送指令の「信号機故障のため閉そく指示運転の取り扱いを行います。運転通告受領券を準備して下さい」という指示に従い、服部教官は何やら書類を取り出す。そして輸送指令の言うことを書き込んでいく。
「令和元年6月14日、指令発信時刻15時50分。指令第101号。藤代取手間第二閉そく信号機故障。閉そく指示運転。信号機を超えて運転してもよい。速度時速15キロメートル以下」
この通達文書の完成により、わが列車は、青信号が灯っていない区間を、条件付きで走行することが許されたのだ。
思えばまだ一駅も運転していないのに、じつに様々なことが起きた。その時々で服部教官は迅速に行動し、難題を克服してきた。それに比べて見習い運転士の記者は、ただただ呆然とするばかりだ。自発的な行動といえば、生存確認ボタンを押しただけ。“フレミング”もわからなかったし、とても自分には運転士になる資格はないな……と車外を見ると、取材に同行してきた「文春オンライン」編集部のIデスクがこちらを見ている。運転したそうだ。