文春オンライン

崖っぷちの救急医療……医師自身が過労死しかねない現場

『救急車が来なくなる日』――2025年、救急医療崩壊 #3

2019/09/09

genre : ライフ, 医療, 社会

note

医師の過重労働に甘えた制度

 これまで見てきたのは、救急車による搬送を想定した事例が中心だった。だが、救急医療は何もそれだけではない。夜間休日を含む救急外来では、徒歩来院(ウォークイン)も可能だ。しかし、救急車のたらいまわし同様、ウォークインでも長時間待たされることが大きな問題になっている。

 筆者には13歳の娘がいるが、娘がまだ1歳を超えたばかりの2007年、熱がなかなか下がらない日が続いた。ほぼ毎日のように近所の小児科を受診し、医師に診察してもらうのだが「異常なし」の診断だった。

 しかし4日ほど経った時、やはりおかしいと思い、東京都内の救急外来を受診した。その外来現場を見て仰天した。椅子は具合の悪そうな患者で埋め尽くされ、私たち親子が座る場所はなく、受付の女性からは「2時間待ち」と告げられたのだ。

ADVERTISEMENT

 その場で娘の熱を測ると、40度近かった。

 筆者が「娘はぐったりしている。いつ診てもらえるか」と尋ねても、「そう言われても……順番ですから」と受付の女性は困り果てたように言う。その時、娘はもはや私の呼びかけにも目を開けることがないほど衰弱していた。このまま死んでしまうのではないかと思うほど不安になり、青ざめた心境は、12年経った今も色濃く記憶に残っている。

©iStock.com

 娘は「細気管支炎」という病を発症していた。96〜98%が正常値、90%を切ると呼吸不全といわれる「サチュレーション」(血液中の酸素量の目安)が85%を切っていて、すぐに人工呼吸器が必要な状態だった。

 結局、その病院ではベッドが満床だったため、救急車で別の病院に搬送され、集中治療室に入院となった。担当医には「脳に障害が起きるかもしれない」と言われたことを覚えている。幸いなことに、現在、娘は元気に中学校生活を送っているが、あの時、これほど重症の娘が即座に診てもらえないのなら、救急の意味がないと憤った。

 近い将来、119番で救急車を呼んでもすぐに駆けつけてくれるとは限らない。救急車が来ても、行き先の病院が決まらず、ずっと路上で待たされるかもしれない。さらに、自分で救急外来を受診しても、このように待たされる可能性だってある。ほとんど八方ふさがりの状態だ。

 堺市立総合医療センターの中田医師も、今後は「がんばらない医療」になると話す。

「これまでが異常だったのです。今後は働き方改革もあって、医師の数や労働時間は減っていくでしょう。そうなると単純に「結果」は減ります。医師以外でもできる業務をほかの人がやるという手段もありますが、それを割り振る相手である若年労働者さえ減っている状況です」

堺市立総合医療センター・中田医師

 つまり、減った戦力でたくさんの相手(患者)と向き合うには、一人一人に対する力の出し方を下げるか、相手を選ぶしかないのだという。

「1人の患者さんに全力で120点の治療を目指すより、3人の患者さんに各々70点でいいかとなるでしょう。投げやりではなく、そうするしかなくなる。そうでなければ、自分の病院に与えられた役割にあった患者さんだけを受け入れて、診療を回していくしかない」

 中田医師の言葉は、現場の偽らざる本音だ。これまでの私たちは、医師の過重労働に頼っていたと言わざるをえない。医師に無理強いすることを止め、システム全体を見直す必要があるだろう。