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崖っぷちの救急医療……医師自身が過労死しかねない現場

『救急車が来なくなる日』――2025年、救急医療崩壊 #3

2019/09/09

genre : ライフ, 医療, 社会

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医師は聖職者か労働者か

 働き方改革をめぐっては、「医師としての成長」という側面でも懸念がある。

 現在40代以上の医師が若手の時代は「過酷」の一言に尽きる。40時間連続勤務は当たり前、2年間無給で当直、1年間に3回しか休みがない──これらは、現場の医師が実際に話していたことだ。これまでの医療は、患者さんを治したい、医学を学びたい、という医師の情熱に頼ってきた面が大きい。

 東京女子医科大学(東京都)の矢口有乃(ありの)医師は「私が医師になった頃は、上司に労働基準法とか関係ないからと言われました」と笑う。

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「でも、それがかっこいいな、と。医者という職業は聖職の一つだと思ったんです。24時間365日、祝日も夜間も働くことを要求されている。だから働き方改革の話を聞いた時は「ああ、医者もついに普通の労働者になるんだな」と思いました。仕方のない流れかもしれません。でも、本当は聖職である、社会からいつも求められている、というプロ意識だけは若い医師にもっていてほしい。その意識があれば、『夜間や休日は働きたくない』という気持ちは出てこないはずです」

©iStock.com

 医師の働き方改革をめぐっては、1人で手術ができる独立した医師と、手取り足取り上級医から教えてもらわないとできない新米医師の時間が同じ扱いなのはどうか、という声もあった。

 勤務時間が大幅に制限されれば、医師が一人前になるまでの時間、たとえば10年であっても、制限の有無でその密度は変わってくるだろう。これまでの救急医は一般勤務医の2倍の残業をしてきたという声が少なくない。すると、単純計算にすぎないが、10年で1万時間以上もの差が出てきてしまう。したがって、今後は若い医師の「学び方」に工夫をしなければ、医師の技術的な面で「医療の質」の低下につながる恐れがある。

八戸市立市民病院院長・今医師

 八戸市立市民病院(青森県)院長の今(こん)明秀医師は、職種によって時間外のカウントを変えるべきだと主張する。

「事務職の人が夕方以降に会議に出たり、夜に書類を整理したりする作業は『時間外』です。ところが、外科医の部長が会議に出たり、書類の下調べをするのは『時間外』というのか疑問です」

 つまり、外科医の「時間外」とは夜中の手術や、朝早くに出勤して術後の患者の容態を診る場合などというわけだ。

「同じ会議に出席している時に、片方は時間外がついて、もう片方がつかないのは変だということで、同一にするから不具合が起きるんですよ。外科医の会議は『おまけ』です。その証拠に、外科医は『いま手術中だから会議に出ない』と平気で言う。事務職は許されません」

湘南鎌倉総合病院救命救急センター長・山上医師

 湘南鎌倉総合病院(神奈川県)で救命救急センター長を務める山上(やまがみ)浩医師は、今医師を「自己犠牲をしてまで患者さんを救いたいと思う医師」と評する。だが、現在はそういう働き方をしてまで、救急の仕事をしたいという人は確実に減っているという。

「医師が9時5時で帰れると期待したら絶対ダメだし、奉仕の気持ちは必要です。一方、継続できるシステムも重要。医者の自殺率が高いのはよく知られています。ハードワークすぎずに継続できるシステムと、奉仕の気持ちを持つ医師をどう育てるか、日本の救急の課題だと思う」

『救急車が来なくなる日:医療崩壊と再生への道』から一部転載)

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