中国山西省の中都市・大同で生きるビンとチャオ。恋人同士の2人は裏社会を生きているが、何よりも情と義を重んじていた。だがそんな2人を1発の銃声が切り裂く――。
名匠ジャ・ジャンクー監督の最新作『帰れない二人』は、2001年から17年までの中国が舞台。これまでも社会の片隅で生きる人々のドラマを繊細に紡いできた監督が新たに描くのは、歴史の濁流に呑み込まれる男女の濃密な愛憎劇。時代に取り残されたならず者たちの、哀愁漂うノワール映画でもある。
「現代の中国で生きる、裏社会の人々をめぐる映画をつくりたかったんです。中国では、1949年に共産党による新中国が成立し、古い社会は完全に消滅しました。でも文化大革命が終わり、失業した若者たちが新たな愚連隊を形成した。こうした、伝統からは切り離された、新世代の裏社会の住人たちを描きたいと思いました。彼らも社会の底辺を生きる人々の一部ですから。
ここ数十年間で中国に起きた変化は実に劇的なものです。特に2001年は、WTOへの加盟や北京五輪の開催が決まり、中国が大きな節目を迎えた年。社会が変わるなかで、人々の生活や意識はどう変化したのか。歴史というマクロな視点で人間を観察するためには、17年間という時間が必要でした」
主演は、公私共に監督のパートナーであるチャオ・タオ。本作では、激動の時代を逞しく生きる女チャオを演じる。
「チャオという1人の女性を描いた女性映画と言ってもいいでしょうね。最初は恋人のビンに寄り添って生きていたチャオが、様々な体験を通して強くなり、そこから、彼女のプライドをかけた生き方が見えてくる。一方のビンは、世界がどれほど変わっても、権力やお金を求める昔の価値観を捨てられない。新しい世界にどう向き合うかを通して、2人の間に決定的な違いが生まれてくるわけです。もちろんチャオも古い価値観を持ち続けているけれど、それは愛に忠実に生きるという意味での情と義。社会での競争に興味はないんです」
現代中国史というテーマを扱いながらも、人々の生活や心情が、大きな構図に埋もれることなく見事に描写される様に感嘆するが、監督自身は「それは当然のこと」と語る。
「歴史的視点に立つことと、2人の男女の情の通い合いを描くことの間には、何の矛盾もありません。日常の積み重ねが歴史になるわけですから。私は、どんなに小さなテーマでも、映画には歴史を観察する視点が絶対に必要だと思っています。人間は常にあるシステム内で生きている。社会システムをきちんと捉えたうえで、そこに生きる人々を描くことが重要なのです」
賈 樟柯/1970年生まれ、中国山西省・汾陽出身。初長編映画『一瞬の夢』が98年ベルリン国際映画祭最優秀新人監督賞ほか、プサン国際映画祭、バンクーバー国際映画祭、ナント三大陸映画祭でグランプリを獲得。2006年、『長江哀歌』がヴェネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を獲得。
INFORMATION
『帰れない二人』
9月6日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
http://www.bitters.co.jp/kaerenai/