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連載昭和の35大事件

悪名高い軍人・花谷正が語る、「ゴム人間」内田康哉外相が“満州国承認”を強行するまで

「満州事変」と、その後

2019/09/15

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, 経済, 政治, 国際

note

「賜暇体暇を取って日本に帰りノビノビとして居る時だ」

内田「東京の青、壮年の参謀将校や、部隊の元気な将校連中、大変な意気込みだそうだネ。安達謙蔵内務大臣など内閣がボヤボヤして居る為、是等の精鋭を越軌の行動に出させる事があってはならぬと善意から心配して居るらしいぞ。

 安達も若い時新聞記者で朝鮮に居て閔妃のやり方が日本を排撃する禍根であると、宮殿に飛び込んで皇后を斬り殺した一味で、元来熱血漢だよ。時局を積極的に促進する様に自分の民政党など割っても努めるだろう。月日の経過に伴って自然に内地もだんだんシコリがホグされて行くよ、天行は健なりだ」

板垣「国際聯盟が理事会、総会と日本を抑える為、随分八釜しくいい、今後紆余曲折を経ねばなりませんネ、外交畑の大先輩として御意見如何ですか」

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内田「固より通信社や新聞、雑誌を賑やかにするネ。然し先刻君等が到断して居た様に極東の一角の事で列強が兵力を差し向けるような事は馬鹿馬鹿しくてやらぬネ。

 外交官は嫌がるだらうが、死にはせぬのだから孤軍奮闘、論駁又論駁で意志鞏固に粘って貰わねばなるまい。一且その決意に踏み切れば後は先方が寄ってたかって何と言おうと蛙の面に水サ。

 時に奉天の林総領事も外交交渉の相手はけし飛んでしまったし、目下は軍事行動中で、彼に作戦に関する知識がある訳ではなし、軍司令部に進言することも出来まい。

 情報を調べもせずに、外務省に通達する。夫が陸軍省、参謀本部に伝えられ、逆に関東軍に東京から通報する。従って事実と違って居る事があるから、軍の方で憤慨したり笑殺したりするのだ。その結果、出先の協力一致が乱れ、外務省と陸軍省との一致が乱れる訳だ。

 軍は居留民の生命財産を武力的に保護して呉れるから、各地の居留民は軍隊に親しみ、総領事館を罵倒する。是が日本人全体としての協力一致を破る。だから私は外交畑の先輩として林君に、今こそ用事がないのだから賜暇体暇を取って日本に帰りノビノビとして居る時だ、と勧めたいと思う。それ共軍司令部の方で総領事に何か頼んで現地でやって貰わねばならぬ事があるかネ」

奉天 ©文藝春秋

 勿論我々としては何も依頼する事はなかった。何故ならば現地の陸軍は奉天政権の排日的横暴に在満同胞が衰え行くのを見て切歯扼腕、時の至るのを待って居たのである。特に若林大尉が鴨緑江上流の満洲側で殺され、中村震太郎大尉が興安嶺で井杉と共に殺され、更に万宝山事件があり、それ等の交渉が奉天政権の不誠意で解決がつかぬ事を知つて激昻して居たのである。