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連載昭和の35大事件

「戦車に火炎瓶とシャベルで挑む」たった1人の軍人・辻政信が推し進めた“ノモンハン事件”とは

ガダルカナル、インパールに続く最初の惨劇

2019/09/22

解説:「失敗の本質」最初の事例、強気一辺倒の参謀の行く果ては?

 今年80周年を迎えたノモンハン事件。「事件」と銘打たれているが、日ソ両軍で計約4万5000人の死傷者を出した、れっきとした戦争だった。昨年もNHKの8月企画で取り上げられ、中心人物の著書が最近復刊されるなど、話題は尽きない。それは、戦争に表れた大日本帝国陸軍の特質がそのまま、その後の太平洋戦争に持ち込まれたからでもある。いわば帝国陸軍の「宿痾」が如実に表れたといっていい。「事件からは多くの教訓と示唆が得られたはずであり、物量を誇る米英との大東亜戦争に対する貴重な教訓になるはずであった」(戸部良一ら「失敗の本質」)。しかし、実際はそうならなかった。それはなぜか。そして、その特質は80年たったいまも、日本人の組織や集団に付きまとっているのではないか。それがノモンハン事件の持つ現代性だろう。

ノモンハン事件 ©文藝春秋

ガダルカナル島の戦い、インパール作戦に続く「日本陸海軍の問題点」

『「太平洋戦争を止められた」エリート軍人・永田鉄山は本当に歴史を変えることができたのか』の回で日本のエリート軍事官僚の限界について触れたが、ノモンハン事件で浮き彫りになるのは、その極端な例というか、いまでいうなら「キャラが立った」軍人がほぼ1人で事態を動かし、結果的に多くの人命を失わせた悲劇だ。辻政信。石川県出身。陸軍士官学校(陸士)36期。陸士は首席、陸大(陸軍大学校)は恩賜の軍刀(6位までが受け取る)組という超エリートで、常に積極果敢、強気一辺倒の作戦指導をする参謀として知られた。ノモンハン事件の1939年当時は関東軍の作戦参謀の少佐。それが事件の性格を決定づける。経緯は本編にある通りだが、筆者・高宮太平氏は読売新聞や朝日新聞の記者として陸軍省などを担当。戦後は二・二六事件を取り上げた「軍国太平記」などの著作で知られた軍事ジャーナリストだった。

 ベストセラーになった「失敗の本質」は、ノモンハンに始まってガダルカナル、インパールなど6つの海陸の戦闘を事例に挙げ、共通する日本陸海軍の戦略的・組織的問題点をまとめている。それは以下のようなものだ。

戦略上の失敗要因

(1)あいまいな戦略目的 作戦目的が明確でなかった

(2)短期決戦の戦略志向 長期的展望のないまま戦争に突入した

(3)主観的で「帰納的」な戦略策定・空気の支配 科学的思考が組織で共有されなかった

(4)狭くて進化のない戦略オプション 海軍の短期決戦・奇襲・艦隊決戦、陸軍の精神主義・歩兵主兵主義・白兵主義

(5)アンバランスな戦闘技術体系 旧式武器と最先端兵器の混在、零戦と「大和」

組織上の失敗要因

(1)人的ネットワーク偏重の組織構造 官僚制の中に情緒性を混在させた特異な組織

(2)属人的な組織の統合 陸軍海軍の統合的作戦展開実現されず

(3)学習を軽視した組織 ノモンハンの戦車・重砲の重要性など、敗戦の教訓を生かせず

(4)プロセスや動機を重視した評価 結果よりリーダーの意図、やる気を評価

 ノモンハン事件はその最初の事例として取り上げられ、次のように指摘されている。「大兵力、大火力、大物量主義をとる敵に対して、日本軍はなすすべを知らず、敵情不明のまま用兵規模の測定を誤り、いたずらに後手に回って兵力逐次使用の誤りを繰り返した。情報機関の欠陥と過度の精神主義により、敵を知らず、己を知らず、大敵を侮っていたのである」(同書)。さんざんな評価だが、さらに言えば、失敗を認めず訂正しない……。これらは、常に積極的な姿勢を示して攻勢を主張することが評価された陸士、陸大の教育方針と無縁ではないだろう。冷静で合理的な慎重論や撤退論は「弱腰」「敵を恐れている」として頭から否定する。そうなれば、そうした意見は表に出てこなくなる。ノモンハンでもそれが端的に表れた。