『なつぞら』モデルの奥山玲子は教師に食ってかかる令嬢だった
『なつぞら』の主人公のモデルと非公式に言われている、奥山玲子は率直に言って苛烈な女性である。叶精二氏によるこの上なく貴重なインタビューと取材を集めた書籍、『日本のアニメーションを築いた人々』によれば、彼女は『なつぞら』のような戦災孤児ではなく、仙台市の伊達藩国家老の血を引く名家に生まれた令嬢だった。
小学生で坪内逍遥訳の世界文学全集を読破するほど早熟な文学少女で、成績優秀者の総代として卒業証書を受けながら、小学生で迎えた敗戦に衝撃を受ける。ミッションスクールに通う中高生時代に始まった朝鮮戦争はさらに思春期の彼女を大人に対する怒りで燃え上がらせた。
敬虔なクリスチャンが通う女子高の中で、彼女は「神がいるならなぜ戦争が起きたのか」と教師を問い詰め、「第二次大戦が始まった時、20歳以上だった大人は全員が戦争犯罪者だ」と食ってかかった。奥山玲子は東北大学に入る前の高校時代からカミュやサルトルの実存主義に心酔し、「私はボーヴォワール(*)のようになりたい」と願う女子高生だった。その後、彼女は東北大学を中退して上京し、東映動画で猛烈な闘争に身を投じていく。
*ボーヴォワール……フランスの著名なフェミニスト
リベラルな人たちが奥山玲子の伝記を読んで、「こんな魅力的な、こんなドラマティックな女性の人生をどうしてそのまま物語にしなかったの」と怒るのは、まあわかる。何しろ上野千鶴子より12歳以上年上、フェミニズムという言葉さえない時代にラディカルフェミニストのように荒れ狂う女子高生がいた、しかもその女性が誰もが知る日本アニメの黎明期の作品に深く関り、宮崎駿や高畑勲にも影響を与えていたという事実は、奥山玲子の人生を伝える本を読んでいて電気のようにビリビリと心を震わせる。
しかし、と一方で思う。その企画は、記念すべき100作目の朝ドラヒロインとして果たして通っただろうか。多様な形態の夫婦を紹介しただけで、あるいは陶芸家の女性を「究極の働き女子」と呼んだだけで反発が巻き起こる今のNHKで、名作『カーネーション』よりもはるかに過激な、というかはっきり言って日本のテレビドラマでほとんど描かれたことがないほどラディカルな戦う女の生涯は反発を呼ばなかっただろうか。
『なつぞら』の放送時には、やれ広瀬すずが演じる奥原なつが口の利き方が失礼だの、やれ中川大志演じる坂場くんを指差しただのという一挙手一投足の礼儀作法への「お小言」がSNSで大盛況だったが、現実の奥山玲子はコップを握り割って荒れ狂う年長の男性演出家に「監督なら黙って責任を取れ」と男言葉で言ってのけるような女性だった。夫の小田部羊一氏によれば、彼女は女言葉どころか敬語すら使わずよく男性演出家と激論したという。