文春オンライン

連載昭和の35大事件

テニスで世界3位まで上り詰めた佐藤次郎が突然“投身自殺”した本当の理由とは

「体調不良」の中身はまさかの性病?

2019/10/06
note

「お前トリッペルをやっているのか?」

 問題の自殺の原因だが、遺書で佐藤は「胃腸病による衰弱」と「物事に集中できない」精神的な欠陥を強調している。公共財団法人「日本テニス協会」のホームページには佐藤選手の写真や成績が掲載されているが、「体調不良」としか書かれていない。福田雅之助「庭球五十年」も「昭和九年(一九三四年)度のデ杯(デビスカップ)選手決定にはなかなか問題があった・佐藤は不健康で不出場とか」としか書いていない。先輩や友人、知人が書いたものもあるが、多くは胃腸病と「神経衰弱」を挙げた意見がほとんどだ。兄・太郎も「話」の文章で「次郎の胃腸病は持病で、少年時代からのものである」としている。ちなみに、「神経衰弱」は「極度の不安などが原因で、気力が落ち思考力が働かなくなったり注意力が散漫になったりする症状。ノイローゼ」(「新明解国語辞典」)。明治以降、一般でよく使われたが、戦後は別の病名(「慢性疲労症候群」など)に代わり、診断名としてはほとんど使われなくなった。

自殺の背景を報じた東京日日新聞

 それに対して本編の記述は、いまの時点から見ると「よくこんなことを書くな」と驚くような内容。デ杯日本代表として先輩の筆者は、佐藤選手に「お前トリッペルをやっているのか?」と聞く。それまでに「決心をするのに小一時間もかかったであろうか」と言いながらだが。「トリッペル」とはドイツ語で淋病のこと。「彼は、あまりの直入さに度胆を抜かれたのか、巴里(パリ)で、ボロトラの招宴の延長においてマドモアゼルに触れたことを告白した」と書く。さらに「私もお恥かしい次第ながら、その後この毒の華に触れたが」とも。

「淋病になったら一人前の男」“当時ならあり得た”自殺の原因

 こういうことを堂々と書けるのは、おそらく時代的なことと関係がある。というのは、この「35大事件」が掲載されたのは戦後10年の1955年。そして、この国の公娼制度が廃止された(売春防止法施行)のは1958年のことだ。まだこの時代、男性が女性を「金で買う」ことは犯罪でも恥でもなく、それに伴う性病の感染もひた隠しにすることではなかったのだろう。

ADVERTISEMENT

 淋病とは、最近あまり聞かなくなったが、淋菌に冒されたことによる性感染症で、代表的な性病の1つ。潜伏期を経て、尿道の不快感や排尿時の痛み、尿道口が赤くなって膿が出るなどの症状が見られる(急性淋菌性尿道炎)。治療が不適当だと慢性に移行するが、一般的に症状は軽いとされる。しかし、特効薬のペニシリンが開発されるまでは患者は極めて多く、1936年に出版された杉田平十郎「亡国病の絶対療法」は「淋病は亡国病である」と言い切っている。

 佐藤選手の自殺を報じた前後の新聞各紙にも「花柳病(当時の性病の別名)」「淋病専門」などと、治療する病院の広告が大量に載っている。中には「淋病 治療界の権威 銀製剤の完成」などと特効薬をうたった広告も。「淋病の自宅療法」など、書籍も多く出ていた。特に成人男子には普遍的な性病だったことが分かる。「淋病になったら一人前の男」といわれることもあったという。戦後も事情は大きく変わらず、患者は1947年時点で、届け出があっただけで20万人を超えたとされる。ペニシリンの登場と売春防止法の成立でその後、激減した。

「性病治療」が満載の当時の新聞広告欄