昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載昭和の35大事件

2019/10/06

「他人に語れないような病気でも持っているような噂があったが」

 1943年出版の北川正惇「国民と純血」は、淋病の症状として「炎症の激しい淋病では、小便後に数滴の血が出ることがあったり」と書いている。さらに朝岡稲太郎「神経衰弱はこうすれば治る」は「慢性淋疾患者の約七割ないし八割はたいてい神経衰弱症を合併するものである」として、こう指摘する。

「淋病患者にて神経衰弱の症状を訴える者は甚だ多い。例えば頭重、頭痛、倦怠、記憶力減退するとか精神が陰鬱になってくる。その他、食嗜減退あるいは不眠病に陥り、甚だしきは精神異常を来すに至る者さえある。かくのごとく、本症が神経系統、特にその精神状態に重大なる影響を与うるゆえんのものは、直接淋菌の分泌する毒素の中毒などによるのではなく、むしろ生殖器、ことに尿道内に分布する末梢神経に刺激を受け、あるいは組織に変質をきたすなどの結果、直接または反射的に脳神経系統を病的に陥らしむることになるのである」。

「国民と純血」はさらにはっきり「(精神的な症状は)淋病が原因で起こったというよりも、淋病が誘引となって、神経質な人間が神経衰弱に陥ったものである」としている。

 文藝春秋1934年5月号に掲載された「佐藤次郎を包む疑問」という署名記事で、友人・出水勝夫は「何か他人に語れないような病気でも持っているような噂があったが、これは、彼自身、出発前の科学的検査によって無事に解決証明されていることであるから、取り上げるのさえ愚かな説である」と片付けている。

佐藤次郎選手 ©文藝春秋

だが、本編の筆者は大胆に書く。「かりそめの一夜の恋をしたばかりに傷ついて、ああ大変なことをした! というショックと、病苦と、いまだ学籍にある身や代表選手としての責任感から、他人にも語らず、同僚の布井、伊藤にも秘めて、日夜呻吟するうちに、強度の神経衰弱に侵され精神は分裂状態を続けていたと解される」。踏み込みすぎの印象はあるが、書かれた本人とのやりとりが事実なら、信ぴょう性は高いと言わざるを得ない。といっても確証はなく、ナゾは残るが……。いまならワイドショーや週刊誌が黙っていなかったのではないか。

本編「佐藤選手の投身自殺」を読む

【参考文献】
▽「別冊1億人の昭和史 昭和史事典」 毎日新聞社 1980年
▽「デ杯選手佐藤次郎君 自殺の真相」=雑誌「話」1934年6月号所収 文藝春秋
▽岡部祐介「わが国における『競技者のアイデンティティ問題』言説の成立
=至誠館大学研究紀要第1巻」 2015年
▽福田雅之助「庭球五十年」 時事通信社 1955年
▽杉田平十郎「亡国病の絶対療法」 新科学社 1936年
▽北川正惇「国民と純血」 目黒書店 1943年
▽朝岡稲太郎「神経衰弱はこうすれば治る」 東明堂書店 1934年 

この記事の写真(7枚)

+全表示

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー