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2019/10/20

インターネットを中心とする「下から」の世論

 神戸大学大学院の木村幹教授の「旭日旗問題に見る韓国ナショナリズムの新側面」によれば、韓国で旭日旗に関わる言説が増加したのは2010年代、より正確には2012年頃からとされる。そして、旭日旗を巡る諸問題は、「その殆どがエリート運動家達により『上から』主導されたものではなく、インターネットを中心とする『下から』の世論によって自然発生的に動かされている」とし、そこに新たな韓国ナショナリズムの展開を見出している。

 この木村氏の分析について、筆者も過去の日韓の軍事交流からいくつか思い当たる点があった。本稿では長らく続いてきた日韓の軍事交流を振り返り、そこでの自衛艦旗(旭日旗)を巡る韓国軍の変化をみていこうと思う。

旭日旗を振っていた韓国海軍

 日韓の軍事交流が活発化するのは冷戦終結後の1990年代のことで、ちょうど北朝鮮による核・ミサイル開発が問題になっていた頃だ。1996年には海自の練習艦隊が初めてプサンに寄港している。戦後初めての日本艦の寄港は市民団体による抗議はあったものの、おおむね平穏だったと伝えられている。取材した軍事ジャーナリストの菊池雅之氏によれば、練習艦『かしま』が入港する際、韓国海軍は自衛艦旗を振って歓迎していたという。

練習艦『かしま』(海上自衛隊写真ギャラリーより)

 問題となった国際観艦式は、もともとは韓国建国・建軍50周年を記念して1998年に始まったもので、以降は10年ごとに開催されており、2018年はその3回目であった。第1回である1998年の国際観艦式は、日本艦の初寄港からわずか2年後だが、日本からも海上自衛隊のイージス艦を含む自衛艦3隻が自衛艦旗を掲げて参加している。

 当時の模様を伝える『Securitarian』1999年1月号の「プサンハンの自衛艦旗」によれば、国際観艦式で海自のイージス艦『みょうこう』が、北朝鮮が発射したテポドンの弾道を追跡した艦であることが韓国語で紹介されると、韓国艦に乗っていた韓国の招待客から歓声と拍手が起こったという。また、『世界の艦船』誌1999年1月号の「韓国国際観艦式取材記」でも、韓国側が注視していたのは前年に朝鮮戦争有事を想定して改定された『新「日米防衛協力のための指針」』(ガイドライン)であり、自衛艦旗への言及は見られなかった。