音威子府村まで行って直談判
それは神田「立ちそば処 つぼみ家」の時代にさかのぼる。今から4年前、常連のお客さんから音威子府そばのことを教えてもらったそうだ。通販などで入手して食べてみたところ、「これは大変美味しい。面白いそばだ」という印象が残ったそうだ。そして、神田店が2019年3月に閉店する1年以上前から、次はどういう店をやるかと模索していた時、「あっ、そうだ、音威子府そばを使った店をやろう」と突然、閃いたという。
それからの行動は速かった。
鈴木さんは畠山製麺のある音威子府村に足を運び、地元の生産者などにそばへの思い・店のコンセプトを伝えていったそうだ。すると、「提供できるそばの数量には限りがあること、しかも音威子府産のそば粉を使っているため天候などに左右されること」などを受け入れてくれればという条件で話がまとまったそうだ。
そこで、そばのメニューには白(信州更科蕎麦)と黒(音威子府蕎麦)を用意し、数量的に昼も夜も同じそばを提供できるように配慮した。その時の気分でチョイスしてほしいというわけである。
では音威子府そばはどんなそば?
さて、音威子府そばはどんなそばだろうか。
すると鈴木さんは、ガラス瓶に入った音威子府産の蕎麦殻付きの玄そばと蕎麦殻をむいたぬき実の信州そばをカウンターに並べて、説明してくれた。
通常はぬき実の状態(右)でそばを挽く。ぬき実の外側には甘皮があり、このまま挽きぐるみにすれば田舎そばになる。音威子府そばはさらに外側の蕎麦殻(外皮)を付けたままの玄そば(左)ごと挽くそうだ。通常、玄そばごと挽くとぼそっとした食感になるのだが、何度か挽いて滑らかな食感を出すという。それは畠山製麺の企業秘密だそうでその手法は門外不出。ちなみに玄そばの「玄」とは黒いという意味だそうで、まさに黒いそばというわけである。
早速、「ざる蕎麦」(880円)を注文してみた。
海苔が判別不能というレベルの黒さ
すると茹でる前の生麺を見せてくれた。生麺をそのまま一本食べてみたが、そばの香りと滑らかな舌触りに驚いた。茹でる前に少しだけ水にさらしてから、茹で釜に入れるそうで、これも音威子府村の「一路食堂」で教えてもらった手法だそうだ。
程なく到着した「ざる蕎麦」は海苔が判別不能で苦笑してしまうレベルの黒さ。ひと口食べてみると、意外にも口当たりが軽く、コシもしっかりして、滑らかである。
薬味がまた秀逸で、小皿に大根おろし、きゅうりと人参の千切り少々、わさび、ねぎ、中央にほうれん草という具合である。このほうれん草の香りが音威子府そばのうまさを妙に引き立てるのだ。これはいいアイデアである。辛汁はきりっとした返しのタイプである。
常盤軒の温かいそばを想像して、温かい「たぬき蕎麦」(980円)をさらに注文した。