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「無断転載対策に『天安門事件』をブチ込め?」日本エロ同人業界と中国翻訳部隊の果てなき闘争

2019/10/28
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無断翻訳はかなりシステマティック

 陳が関係していた中国人の無断翻訳サークルの内部は、実際の翻訳作業担当班、校閲担当班、文字組み担当班の3グループに分かれている。無償作業のケースも多いにもかかわらず、けっこうシステマティックにできているのだ。

 翻訳作業担当班への加入は、日本語能力試験N2レベル(おおむね語彙数6000語以上)がスタートラインである。まずは「試水」と呼ばれるトライアル翻訳をおこなってコミュ内で認められてから、本格的に活動を開始する。校閲担当班はN1レベルの日本語上級者が担当しており、原作のエロと萌えをより正確に再現して中国の読者に届けるべく(著作権侵害コンテンツなのに)翻訳クオリティの研鑽に日々努めている。

陳がリークした、中国人の無断翻訳サークルの共有クラウド内に保存されているファイル。上の方にある「終末」については、人気ラノベ作品『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』のアニメ版か漫画版を指すようだ

 陳によれば類似の翻訳サークルは複数存在しており、ネットの交流掲示板などで各サークルが担当作品を決めて分業しているという。他のサークルの担当作品に勝手に手を出すと「戦争になる」そうだ。

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 ちなみに2018年1月には、日本のアニメに勝手に中国語訳字幕を付ける「字幕組」構成員だった在日中国人の若い男女5人が逮捕される事件が起きている。こちらの原因も中国人たちの内部抗争であり、日本の官憲に同胞を売った人間がいたからだそうだ。

漫画のなかにタブーワードを書くのは有効

 中国の無断翻訳・違法アップロード者には意外と商売の匂いが薄い場合があり、趣味の延長線上としておこなっている面もある。そもそも同人誌の外国語翻訳版が正規で販売されることはめったにないので、海外のファンが作品を楽しむには必然的に無断翻訳版に飛びつくしかない……という事情もいちおう存在する。ただ、それでも違法な権利侵害であることには変わりない。

 私が中国ライターとしての立場から見る限りでも、中国の無断翻訳者や違法アップロード者に対抗して、漫画の背景に複数のタブーワードを紛れ込ませる方法はおそらく有効だ。

 中国のネット監視技術は日々進歩しており、たとえJPEGなどの画像ファイルのなかにマズい言葉が書かれていたとしても、特定が可能だと見られている。

 なので、中国人が政治的にヤバい言葉が含まれたエロ同人誌のファイル(翻訳前のデータ)を、自分の端末や中国製のクラウドに多数保存したり、翻訳サークルが日常的な情報伝達に使用しているQQや微信(中国製のチャットソフト)でそうしたファイルをやり取りしたりする行為は、いずれも当局のサイバー検閲に引っかかりかねない。

 要するに、中国人がオリジナル版の日本製エロ同人誌のデータを所持したりシェアしたりする行為自体を「政治的に危ない」ものに変えることができれば、中国発の無断翻訳や違法アップロードを大幅に減らせるということだ。