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12歳で長崎から上京した深浦康市九段が、愛弟子・佐々木大地五段に何よりも望む「恩返し」

12歳で長崎から上京した深浦康市九段が、愛弟子・佐々木大地五段に何よりも望む「恩返し」

深浦康市九段インタビュー #2

2019/11/08
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「師匠と対局することが恩返し」というのですが……

深浦 後進を育てていくことも、大事な役割だと思っていますので。こうしていかないと、九州のプロも育っていきませんから。弟子とは、普段からもよく会いますし、研究会も定期的に行っています。佐々木が解説などをやっているときは「ちゃんとやっているかな」と見ていますね。

――棋士にとって弟子というのは、どういう存在ですか?

深浦 将棋界では、弟子がプロになれば自分と対局する可能性もあるので微妙な存在ですよね。でも自分の勉強時間に影響が出ない範囲で、向き合っていきたいですし、アドバイスもしていきたいと思っています。

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――そういえば、師弟戦はまだありませんね。

深浦 そうですね。こないだ棋王戦で羽生さんに勝っていたら実現したんですけど。

――師弟戦は楽しみですか?

深浦 師匠の立場だと、そうでもありません。

――弟子の佐々木さんは?

深浦 楽しみだと、年賀状に書いていましたね(笑)。よく「師匠と対局することが恩返し」というのですが、それなら羽生さんをやっつけて欲しいですね。それが私にとっての恩返しです。

 実はこのインタビューを行った時点で、佐々木大地五段と、羽生善治九段の対局が決まっていた。それが第45期の棋王戦挑戦者決定トーナメントで、勝ったほうがベスト4に進む大一番。深浦九段は、一つ手前のトーナメント3回戦で羽生九段に負けており、勝っていればここで師弟戦が実現していたわけだ。

 そしてこの対局が10月25日に行われ、見事、佐々木大地五段が勝利を収めた。羽生九段に対して初めての勝利で、これで棋王戦のベスト4に進出。棋王戦はベスト4まで進むと敗者復活制度があるので、一気に初めてのタイトル挑戦が見えてきた。佐々木五段の「恩返し」を、深浦九段はどのような心持ちで見ていたのだろう。

 改めて弟子の対局についてコメントをいただいた。

「佐々木には羽生戦の前日会ったときに『明日頑張って』とだけ言いました。対局中も進行をずっと観ていましたが、勝利をおさめた後にはメールも送ってません。羽生さんに初めて勝ったことは自信になるでしょうし、よくやったと言いたいですね。自分の羽生戦の苦労も話したい(笑)。

 ただ佐々木にはここで満足するのではなく、この勢いでタイトル挑戦を果たしてもらいたいと思っています。そのときは食事に誘って、タイトル戦の心構えを懇々と話したいですね」

若手に対し、長考ができるのか試されている気がします

 佐々木五段は、今年度も7割近い勝率を誇るなど活躍を続けている。また棋王戦では、昨年デビューしたばかりの本田奎四段が同じくベスト4に駒を進めるなど、改めて若手の著しい台頭を感じる。深浦九段は、こういった勢いのある若手についてどのような印象を持っているのだろうか。

 

深浦 若手の台頭は、羽生さんの苦戦にも表れていますよね。あの羽生さんが、なかなかタイトル戦に出られないとか、シードじゃなくなった時代が来ていることに驚いています。つまり本当に強い若手というのが、ひとりふたりじゃなく層が厚い。

――そういった強い若手との対局に際して、心がけていることなどありますか。

深浦 若い人は早指しですよね。そこでしっかりと1時間、2時間といった長考ができるのか試されている気がします。どんな状況になっても、自分の将棋が出せるのか、そこがとても大事かと。

 深浦九段は、ここである人物の名前を出した。若手の早指しに対しても自分のペースを乱さず、自らの将棋を貫いた人物。それが、木村一基王位である。

深浦 木村さんも、王位戦でしっかりと時間を使って自分の将棋を指していました。自分もあの木村さんのように指せるのか、そこが問われていると思っています。

――木村さんが豊島将之さんから王位のタイトルを奪取したことは、やはり刺激になりますか。

深浦 そうですね。すごく意味のあることだと思いますし、自分も頑張らなくてはと思いますね。今回の王位戦では第3局の立会いをしましたが、感想戦を聞いていると、とても丁寧に読んでいる。一局の将棋を大事にして、形勢がよくても慎重に、一手一手を大事にされているなと感じました。