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「運命の男」を演じて

――本作のようなノワール・スリラーといえば、通常、男性が主人公で、「運命の女(ファム・ファタル)」によって物語が動いていくパターンが多いですが、今回は性別が逆転していて、小林さんが「運命の男」ですね。禎司の心の深層まで降りていくために、どんな役作りをしたんでしょうか?

小林 映画の舞台は1980年代の東京ですから、まず禎司の使っているオリンパスのフィルムカメラを入手し、クランクインの半年前から東京の街を撮影し始めました。そして、写真を知るために、現像や引き伸ばしまで自分でやってみました。映画の中の禎司の写真は玉村敬太さんが撮影されていたのですが、禎司のカメラマンとしての思考回路……何を撮ろうとしていて、何にとり憑かれているのかということを、二人でワークショップ的に追い求めていったりもしましたね。

 禎司にとって、自分が探している言葉にできない何かを捕まえられるのがカメラで、僕にとっては、それがダンスだったんです。自分の中の言葉にならない感情を、誰かに伝えたい、叫びたい、わかってほしい――そのときに、一番自分にあっていたのが、僕にとってはダンスだった。そこに余計な雑念は入れたくないから、無意識で踊れるようにトレーニングし、鍛えてきたのですが、彼にとってのカメラもそういうものだったんだろうと思います。禎司の故郷は鹿児島なので、カメラを持って鹿児島に行き、彼が訪れたであろう場所に行き、そこで実際に生活もしてみました。

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『アースクエイクバード』より。英国人女性ルーシー(アリシア・ヴィキャンデル)はミステリアスなカメラマン禎司(小林直己)に出会う

和製ターミネーター、ハリウッドへ

――禎司がルーシーに出会う場面で、彼は最初、路面の水たまりを撮影しています。禎司にはいつも水のイメージや気配がまとわりついていますね。

小林 写真の暗室で用いる現像液、停止液、定着液も液体ですし、仕事場は蕎麦屋ですから、常に水のそばにいた感じがします。鹿児島にいって気づいたのですが、桜島も水に囲まれているんですよね。火山や温泉を抱いた火と水の大地なんだと実感しました。僕個人も、皿を洗ったり、プールで泳いだり、水に触れているとすごくストレスが解消されるんです。今回は東宝スタジオでも撮影したのですが、水のシーンは、ゴジラが一番最初に海から出てくるシーンを撮影したのと同じプールで撮っているんです。

――海外の記事では「あのゴジラを撮ったスタジオで撮影!」ということも大きく報じられていましたね。

小林 監督も毎回言ってました(笑)。あ、それから、薩摩藩に伝わる示現流という剣術の道場で修業もしました。頭のてっぺんから股まで一気に真っ二つにする「一刀両断」で知られる流派です。禎司は絶対にその精神に影響されていたと考えたからです。

――小林さんといえば、映画『HiGH&LOW』シリーズの剣の達人・九鬼源治役が人気を博しました。不死身でどこまでも追ってくる「和製ターミネーター」とも言われましたが、もともとの映画デビューは時代劇です。刀剣の本を愛読されていて、『たたら侍』のときにプレゼントされた日本刀をお持ちだそうですね。

小林 はい。時代物は突き詰めると、日本刀は外せないですよね。今回はほとんどの台詞が英語でしたので、台詞と感情の関係には苦心しました。「悲しい」という日本語を聞いたときは、そこにぶら下がっている自分自身の記憶や感情がありますよね。でも「SAD」には何もぶら下がってない。日本語と英語はそれぞれの持つ背景や文化も違います。夏目漱石が「アイ・ラブ・ユー」を「今夜は月が綺麗ですね」と訳しましたけど、禎司も「愛してる」なんて簡単に言える人間じゃない。そんな言葉を口にするときは死ぬ気で言っている。監督とはそんな話もしました。

 そうした役作りの成果は、特別招待作品として上映された東京国際映画祭でも遺憾なく発揮された。記者会見でアリシア・ヴィキャンデルは小林さんを「目の奥にストーリーがある」と評し、ロンドンで開催されたワールドプレミアで再会したリドリー・スコットには「映画に必要な存在感がある」と太鼓判を押された。