文春オンライン

連載昭和の35大事件

「かみつかれました」日本初の女性議員が国会で暴露した“酔虎事件”とは?

珍事件をめぐる「日本政治をも動かすGHQの勢力争い」

2019/11/17

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, メディア, 政治, 国際

note

「吉田という人間は人の腹切りばかり賞める癖がある」

 兎も角翌朝8時に吉田を訪ねて辞表を出すと吉田が「辞表など出す馬鹿があるか」といった。泉山はその時は思わず目頭が熱くなったと述懐している。そこへ心配した林と官房長官の佐藤栄作が姿を現わすと、吉田が2人を顧みて「泉山君の後はどうしようかネ」といい、この一言でトラ大臣の辞任が決定し、商工大臣の大屋晋三が蔵相を兼任し、農相の周東英雄が安本長官を兼任することにきまった。

“トラ大臣”の後任で蔵相に就任した大屋晋三氏 ©文藝春秋

 あの事件の直後泉山は議員も辞任し、そうして24年正月の総選挙に再び立候補しようとしたが党の反対に会い、遂に立候補を断念しこの旨吉田に挨拶に行ったら吉田から「よく決心をされましたネ」と言われたというので泉山はその後で吉田という人間は人の腹切りばかり賞める癖があるといっている。又25年の参院選挙で吉田は泉山の公認候補に反対した経緯もあって、泉山は吉田に余りいい感じを残していないようである。

女性たちが暴露した「泉山事件」の全容

 そこで泉山事件の内容は何うかと言えば山下春江と松田トシの二人が翌14日の懲罰委員会で述べた証言に尽きるであろう。その時の速記録から。

ADVERTISEMENT

山下春江議員「昨晩六時半頃と思いますが、私ども大蔵委員会の委員全体は泉山蔵相の招宴のため参議院食堂に参ったのであります。泉山蔵相が何でも二、三杯酒を飲まれたと思います。そこに給仕に参りました食堂の女中を、首のところを何か抱きかかえたようなかっこうをして――これは私の大変好き――といゝましたか、愛しておると言ったか、何んだかそういう婦人だから御紹介致しますと申しておりました。私は泉山蔵相に対して二回位杯の献酬をした記憶があります。その後泉山さんは席をたって自分で十四、五人位に杯を応酬しました。

 そして、私の隣席に座った泉山さんの態度は実に不都合でありました。そのうちに――泉山さんは、もうこんな所はつまらないからほかに行こう、こういって私の右腕をつかんで立たせようとしました。私が立たなかったために椅子が横になりまして、私を廊下に連れ出したのであります。それに反抗したのですが、かなり力のある人で廊下の曲ったところにまで来て、何をするんですかといったところが、やかましいことをいわないでもこゝには誰もいないよ、こういうことでした。私も側を見ましたところ、誰もいないことに初めて気がつきました。あちらこちら頭を振り廻している間に私の左アゴのところに今傷が残って居りますが、彼が多分皮膚が切れたのではないかと思う程非常にひどくかみつきましたので思わず私は右の手で彼をなぐりつけました。私は手の下をくゞってもとの参議院に帰って行きました。」

山下春江議員 ©文藝春秋

松尾トシ議員「衆議院の食堂から控室へ行こうと廊下へ出て参りますと向うから数人を連れて泉山蔵相が歩いていらっしゃいました。すれ違いざまというより直面したときは自然な形で右手をお出しになったのです。その時にいさゝか酔っておるということは認めました。普通の握手だったらすぐに放します。けれどもちょっとつかんで三十秒位ひっぱりました」