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なぜ名門男子校・麻布は「反体制派」を量産するのか

いまでも息づく創立者・江原素六の理念とは

2019/11/23

自らの正義を貫くために

 そういえば、2017年には一人の麻布卒業生が世間を大きく賑わせた。元文部科学事務次官の前川喜平氏である。彼が初等中等教育局課長を務めていた際は小泉純一郎政権が推進しようとした「三位一体改革」に噛み付き、義務教育費の削減などに異議を唱え、話題になった人物だ。そして、2年前は「加計問題」で数々の証言をおこない、政権を揺るがした。彼の座右の銘は「面従腹背」。このことばは一般的にマイナス要素で用いられるが、彼は「自らの正義、信念は、どんなことがあっても曲げずにいよう」と考えているのだろう。

 この前川氏を「平成の忠臣蔵」と形容し、援護したのは元経済産業省官僚であった古賀茂明氏である。そう、彼もまた麻布の卒業生だ(前川氏より1学年後輩)。

 さらに、麻布でラグビー部に所属していた前川氏とスクラムを組んでいたのは、城南信用金庫顧問、麻布学園理事長を務める吉原毅氏である。吉原氏は東日本大震災後、城南信用金庫が掲げた「脱原発宣言」を主導し、元首相の小泉純一郎氏らと脱原発活動を続けている。

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 この3名に相通ずるのは、自らの正義を貫くためには、周囲の目を恐れることなく「反官権的」になってもみせるという点だ。

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 そう、わたしが麻布の卒業生たちに取材をして感じたのは、「体制」に従順な人間などあまり見られなかったという点だ。これは一体どういうことだろう。わたしは麻布の歴史にそのヒントがあると睨んでいる。

中1は麻布創立者の志を徹底的に学ぶ

 麻布の難関の入試を見事にパスし、入学した生徒たちはすぐに麻布の歴史を学ぶ。1学期の道徳の時間に「中1校長特別授業」がある。麻布の創立者である江原素六の歩んできた道が書かれている新書サイズの本(加藤史朗著『江原素六の生涯』麻布文庫第1巻)が生徒たちに手渡され、それに基づき、校長が授業をおこなう。そして、生徒たちは夏休みにこの本についての感想文に取り組むというものだ。

 創立者の志について、これほどまでに時間をかけ、そして、感想文まで提出させる学校は珍しい。

 換言すれば、第1関門を「中学入試」とするならば、この取り組みは「本当の麻布生」になるための(あるいは、近づくための)第2関門に相当するのだろう。中学校1年生という日々学校生活に新鮮味を見出している時期におこなうのだから、この取り組みが各人の心に何かしらの刻印を残す可能性は高い。とするならば、この創立者の志を学ぶ試みは麻布生たちの行動規範の基盤になるのかもしれない。