友情はドラマチックなものという刷り込みの弊害
――『ナイルパーチの女子会』は商社に勤める生真面目な栄利子と、ゆるいブログで人気の専業主婦、翔子が知り合います。2人には女友達がいないという共通点がありますね。
柚木 女の人同士の友情の話を書いていると、いろんな人に「私は女友達がいない」と言われるんです。「男友達のほうが楽」とか。女子校どっぷりだった私は「女同士って怖い」「女の人ってネチネチしていて苦手」と言われるたびに、若干傷つくんです。でも聞いているうちに、なんでその人に女友達ができないのか分かるんですよ。こうやって女友達のことを書いている私にも「女友達がいない、女性が苦手」と自己申告する、ある種の律儀さのせいだと思うんです。
うまく言えないんですけれど、そういう人たちってものすごく真面目で、たぶん、「悲しいことも嬉しいことも分かち合って、裏表なくつきあえて何でも許しあえるのが友情だ」と思っているんですよね。友情をキラキラしたいいものだと考えていて、それに応えられない自分を許せないし、ごまかしたりすることも絶対許せない。友情とはドラマチックで素晴らしいものだという社会の刷り込みがあるのかなと思います。さらに、女性に限らず、友達がいないのはいけないことだ、というプレッシャーもありますよね。そもそも、友達が必要ない、という人種もいると思うんですよ。
でも友情礼賛を書いている私だって、親友と殴り合った後で泣きながら許し合う経験なんてないです(笑)。親友にひどい裏切りをされて「許せない」と言っていたら、実はその裏切りは私のためを思ってのことであった、といったドラマみたいなことはまったく経験していません。辛いことがあって泣いている時に「うどん食べにいかない?」って誘われて、一緒にうどん食べて救われる、ということくらいです。
この間の入院中も、友達と京都に行くはずだったのに行けなくなったんです。その友達にも「山本周五郎賞のことが気になってしょうがない」と言ったんですが、その子は「京都ですごく美味しいパン屋さんを見つけた」って、旅行の感想を延々と言うんです。「絶対大丈夫だよ」なんて言わない。そういう女の子のマイペースさに救われます。パンケーキ食べてワイワイ言ったり、「○○ちゃん絶対可愛いよ」というやりとりを「女のうわべの付き合いってくだらない」っていう人っていますが、私はそういう女の人の、人を傷つけない優しいところにすごく救われてきました。そういうところを馬鹿にされたくない。
だから「友達がいない」と自己申告するタイプの人は真面目で一途で、純粋で、自分の中のズルも絶対許せないんだろうな、その圧はどこからくるんだろうと考えた時に、栄利子のような人が出てきました。私よりずっとちゃんと働いて立派な大人なんですけれども、どうしようもなく幼いところがあって、高校時代の誰にでもあるような人間関係を乗り越えられなかった人です。
翔子は、ナマコみたいに寝ている感じが私と似ています。ずーっとくだらないことばかり検索して、人のブログをずっと見て、ぽやーっとして何もしていない時がいっぱいあって。翔子の感じるひんやりした無力感は、私も毎日それと戦っています。まあでもこの無が本当は私なんだなと思って、なんかよく分からなくなっちゃう他力本願なところもあって。
栄利子と翔子、どちらも自分が投影されているように思います。栄利子の猪突猛進なところも私の中にあるし、翔子の、息をしているのも面倒くさいという気持ちは分かるし、彼女の父親との関係もそのまま私ですね。
――異なるタイプの相手との友情を育もうとして変わっていく2人を、淡水魚のナイルパーチになぞらえていますよね。
柚木 私は回転ずしが大好きなんですが、以前ナイルパーチはスズキと偽られて流通していた、偽装魚だったんですよね。本のなかにも書きましたが、ナイルパーチをアフリカのビクトリア湖に放流したところ、他の魚を食べ生態系を壊してしまったそうです。生息する場所を間違えたばかりに、凶暴だと思われてしまった魚なんです。ナイルパーチ自体はもともとそんな魚ではなかったのに。それで、この魚についていろいろと調べていったことが、作品にも反映されていきました。
――書き直したのはそういう部分ですか。
柚木 そうですね。栄利子と同じ会社に勤める派遣社員の真織の暴走と、箱根の旅行のところと。
――どちらもかなりエグイところですね。
柚木 ナイルパーチがそういうものだったからです。違う生態系にいれると凶暴になってしまう魚ですから、栄利子がナイルパーチになっていくことを考えて、エグイ部分を加筆しました。栄利子みたいに極端な考え方や行動をする人は男性にも女性にもいるし、自分を追い詰めちゃって、実は遭遇していたかもしれない奇跡の瞬間を見落とすってことは私にもあります。
……なんか、本当はキラキラしたことが言いたかったんですけれど、なぜかそれを経由する小説がこんなことになってしまったという。栄利子と同じで、私はついつい突っ走ってやり過ぎてしまうんですよね。それは自分の欠点。でも選考会で「柚木さんはイカレているままでいいんじゃないか」って言ってくださった方もいたそうなので、それはすごく嬉しかったです(笑)。