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『赤毛のアン』はヤバいままリア充になった物語

――柚木さんが女同士に着目するのは女子校で中高一貫教育を受けたことも大きいと思いますが、それよりも以前、少女小説好きだったということも大きいのではないですか。

柚木 そうですね。少女小説ってだいたい女同士の人間関係の話に終始していますよね。女同士の人間関係の話でピークを迎えた後、2割くらいの力で恋愛の話が書かれることが多い(笑)。少女小説のヒロインはたいてい貧乏でヘンな子で、でも優しくてきれいな子が「好きよ」と言ってくれるところから自分を肯定していく。一風変わった子が社会と和解していく時に、必ず美しき親友とか、優しき親友とか、家庭的な女の子とか、自分と違ったタイプの子に認められるのが入口になっているんです。

――『赤毛のアン』(モンゴメリ著、村岡花子訳、新潮文庫)がすごく好きだったそうですね。『本屋さんのダイアナ』のダイアナは、アンの親友の名前だし。

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柚木 好きです。アンは可愛くないし明らかにエキセントリックな性格なのに、最高に可愛い親友を得て、「パフスリーブが欲しい」と言い続けたあげくパフスリーブを買ってもらい、ブスなのに「ブス」と言われても「うるさい」って言い返して、さんざんやり合ったリンド夫人とも結局関係が生まれている。勉強はもともと頑張っているし。アンってリア充なんですよ。ただ、ヤバいままリア充になっていったので、そこが好きです。ヘンな子がヘンなまま、突っ込まれたりいじられたりしながら、お洒落も楽しむし恋も楽しむし友情も楽しむし、いろんなところに出かけるし、という話が好きなんです。

――アンが結婚することになるギルバートはあまり好きじゃないんですよね?

柚木 ギルバートってあまり欠点がなくて、そこが面白くない。たとえば『ジェーン・エア』(ブロンテ著、大久保康雄訳、新潮文庫)のロチェスターなんかは、イケメンではなくモテなくてちょっと性格がゆがんでいて、ジェーンの気持ちが知りたくて占い師に化けたりするという、もう痛すぎてどうしていいか分からないところがある。そうした人としての欠点が滲み出ているところが、嫌いになれないんですね。

『赤毛のアン』以外にも好きな少女小説はたくさんあります。寄宿舎ものが好きなんですね。『ジェーン・エア』だって最初に寄宿舎で病弱な女の子と出会うところから話がまわっていく。この小説ってイギリスのものとしては美味しそうなものがあまり出てこないんですけど、夜中に先生が「みんなに内緒よ」と言ってくれるケーキが本当に美味しそうで。夜中にこっそり食べる甘いものっていいですよね。双子の女の子が寄宿舎に入る『おちゃめなふたご』(ブライトン著、佐伯紀美子訳、ポプラポケット文庫)のシリーズも大好きです。真夜中にパーティをしたり、みんなで問題を解決するという話がすごく好き。『若草物語』(オルコット著、訳書多数)も、姉妹ですが女同士の友情のような話ですから大好きです。

 最近、『アナと雪の女王』くらいから女同士の話が市民権を得てきましたよね。そういうブームに後押しされている気もします。

――個性的な子がそのまま活き活きとしている姿が好きなんだなあ、と。

柚木 そうですね。私はアメリカの自己啓発本をよく読むんですが、日本の啓発本と違うなあと思います。日本だと「こうやって自分を磨いて、素晴らしい人になってからパーティに行きましょう」という教えが多いんです。つまり「今のあなたは駄目だから」って。「痩せてきれいになってから」って。だから読んでも「私は駄目なんだ」と思って全然元気がでない。でもアメリカだと「そのままのあなたで行きなさい」っていう。ラブコメを見てみても、明らかに太っていてオタクな女の子に対しても「あなた、とてもきれいな目をしている。眼鏡を外して、自分から彼に話しかけに行きなさい」って言う。「でも何を話せばいいのか分からない」って言うと「ペンを落として拾って彼の顔を見つめるの。そうしたら食事に誘われるわ」ってアドバイスされる。何言ってるんだろうって思いますよね、それで失敗したらどうするんだっていう(笑)。でも、アメリカはそういうことをやらせる。「鏡の中に誰が見える?」「いつもの冴えない私」「違うわ。最高のレディが映っている。気づいていないのはあなただけ」とか言うじゃないですか(笑)。日本だったら絶対恥かくからやめておけと言いそうなところを、鬼のようなポジティブシンキングで「いいから行け」というのが多い。あの考え方が好きです。

――少女小説に出てくる食べ物など、細部をものすごくよく憶えていますよね。

柚木 私、細部派なんですよ。食いしん坊なので食べ物の描写はすごくよく憶えています。アメリカの小説に出てくるオートミールとかピーカンナッツとか……。「ゆかいなヘンリーくん」シリーズの、妹のラモーナのお話(『ゆうかんな女の子ラモーナ』ほか ベバリイ・クリアリー著、松岡享子訳、学習研究社)もすごく好きなんですが、聞いたこともない食べ物がいっぱい出てきて、母に頼んで作ってもらったりしました。大人になってイギリスに行った時はミンスパイとかライスプディングとか、食べまくりました。ミンスパイはあまり美味しくなかったけれど(笑)。

 小説で知った固有名詞や感情がすごく多かったので、大人になって何が幸せって、それを追体験できることですね。たぶん、細部に目が行っていたのは知らないことが多かったからなんです。創造と空想で補ったり、分からなくて引っかかることがいっぱいありました。今でも小説を読んでいて分からないことはいっぱいあるんですよね。だんだん日常生活の中で分かることも増えていくんですが、でもまだ分からないことはいっぱいあるんですね。

 最近ではアイルランドからアメリカにやってきた女の子の『ブルックリン』(コルム・トビーン著、栩木伸明訳、白水社)という小説を読んだんですけれど、アメリカって10年ごとに時代背景が変わるから、やはり調べながら読みました。私、読んでも分からないことのほうが多いので、「これは私のための1冊で、読んで涙が出て、出会えてよかった」っていう本はあまりないかも。