処女作は小学生の頃。いとこのために書いた
――ああ。「この本には私のことが書かれている」と思った経験ありますか?
柚木 ないです。だから、本が好きなんです。知らない世界を知ってちょっとずつ自分の世界が広がる喜びや、経験したことのない感情を読む楽しみがあります。すごく嫌な人の話でも、読んでいるうちにその嫌な人に対して愛情が芽生えることもあるし。私、最近になってヴァージニア・ウルフを読みはじめて、『ダロウェイ夫人』(訳書多数)がすごくよかったんですよ。ダロウェイ夫人って嫌な女なんですよ。毎日のようにホームパーティをやって旦那さんがイケメンエリートで、大学生になろうとしている娘は美女で、もう何もかもを持っている嫌な女なんです。そのホームパーティの1日の話で、視点が変わっていくんです、玉突き事故みたいに。
夫人の友達も「彼女は愛すべきところもあるのに、ホームパーティに誰が来るかばかりに固執して、本当に俗っぽくて、そこだけは好きじゃない」って言っているんですよね。でも夫人は「私が世界に捧げられる唯一のキラキラしたものはパーティだから、やめることはできない」というようなことを言っていて、その俗っぽさを全力で肯定するんですよ。
ダロウェイ夫人の俗っぽい、キラキラしたものに惹かれがちなところに救われている人もいるし、そのパーティが無意味なものではないという視点、誰も否定していないところがいいなと思う。ダロウェイ夫人が少女時代に憧れていた女の子と夫人の元彼が、夫人に対する愛ある悪口を言っているところも最高に素敵で。青春時代に夫人に愛されて、自分も夫人を好きだった2人がなんともいえない友情感をもってペチャクチャ喋っているところがいちばん好き。
――今も昔も本当によく本を読まれている印象ですが、自分ではじめて書いたのは。
柚木 最近になって分かったんですが、小学校の頃でした。コウちゃんといういとこのために書いた「こうちゃん王子」っていう話。いとこが王子様になるんです。最近読み返したらすごかったです。こうちゃんがドラゴンを倒してお姫様を救って、地位も名誉も何もかも手に入れるという、とんでもないハッピーエンドでした。それが本当の処女作。
――そして高校生の時に「文豪タイタニック」というシナリオを書いたんじゃなかったでしたっけ。これは?
柚木 それは勢いで書いたけれどもどこかにいってしまって、誰も見ていないお蔵入りのものです。永井荷風と森鴎外がタイタニックに乗り合わせて、鴎外が捨てたエリスという女が一等客船に乗っていて、船が沈没しそうになった時、彼女はボートに乗って救われる立場にいる。それで荷風は、鴎外が彼女と縒りを戻せば自分たちもボートに乗せてもらえるんじゃないかとか、鴎外が医者なので船医ってことにすればいいんじゃないかとか、自分が助かるために鴎外を利用しようとするんです。時代考証もなにも考えていない内容でした。
高3の時に書いた「39人の容疑者」というのは、クラスメイトが全員出てくる、脚本っぽい内容でしたね。