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ズロースは「従来の女らしさとのズレを生み出した」

「下着の文化史」はさらに「ズロースの普及しにくかった第一の、そして最大の原因は、いまの人たちには奇妙に感ぜられるかもしれないが、それをはくことが、従来の女らしさとのズレを生み出したことです」と述べる。「腰巻は名のみの下着であって、着物一枚めくればその下はハダカであるということが、女の羞恥を育て、しとやかさ、つつましさの土台となり、封建的な女の精神構造の支えにまでなっていたのです」「だから、ズロースのような完全な下ばきをはくことは、それだけ不必要な羞恥心を薄めることになるので、封建的な男にとっては不満だったのです」と強調する。

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 左翼作家タカクラ・テルの戦後のエッセー「女はなぜズロースをはくか?」は、共産党員が大量検挙された事件で「昭和の35大事件」でも取り上げた「三・一五事件」に関連したエピソードを紹介している。「ある有名な女闘士が捕らわれた。そして、ひどい拷問を受けた。『女のくせにズロースをはいていやがる』。係官がそう言って竹刀で殴りつけた。ズロースに血が真っ赤に染みた。その当時でも、ズロースをはく習わしが女の間に広く行き渡っていなかったことをよく示している」「男と同じに活動しなければならない共産党員の女が、普通の女に先んじてズロースをはき始めたということも、これで知ることができる」。

 ここには当時の女性の下着に対する男性の本音が表れている。真偽はさておき、白木屋の火事の際、着物のすそを気にして墜落死した「ズロースをはかない女性」は、男を無条件で受け入れてくれる、古き良き時代の女性の象徴であり、「白木屋ズロース伝説」は、保守的な男たちにとってムシのいい、消え去りつつある時代への一種のノスタルジーだったのかもしれない。だからこそ、87年たったいまも言い伝えられているのではないだろうか。

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 【参考文献】
▽博文館編纂部「大東京写真案内」 博文館 1933年
▽「証言 私の昭和史(1)昭和初期」 學藝書林 1969年
▽「中央区史 下」 東京都中央区 1958年
▽白井和雄「火と水の文化史 消防よもやま話」 近代消防社 2001年
▽長谷川銀作「桑の葉・歌集」 ぬはり社 1934年
▽青木英夫「おしゃれは下着から」 新紀元社 1960年
▽青木英夫「下着の文化史」 雄山閣出版 2000年
▽井上章一「パンツが見える。」 朝日選書 2002年
▽白木屋調査部「白木屋の大火」 白木屋 1933年
▽「白木屋三百年史」 白木屋 1957年
▽宮内庁編「昭和天皇実録第6」 東京書籍 2016年 
▽寺田寅彦「火事教育」=「蒸発皿」(岩波書店、1933年)所収
▽タカクラ・テル「女はなぜズロースをはくか?」=「女」(改造社、1948年)所収