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なぜ近年になって、高速老婆の怪談が増えたのか

 なぜ近年になって、高速移動するお婆さんの怪談がこんなに増えたのか。

 高速で走る怪異というのは、現代の怪談においてかなりメジャーだ。人の頭に犬の体を持った「人面犬」、首のない男がバイクに乗って現れる「首なしライダー」などは、路上に出現した自動車やバイクと競走を演じる。これは現代において高速で移動する手段が増えたことで、それらに負けないスピードで人々を追い詰める怪異の存在が必要になったことによると思われる。

 老婆の場合、普通は走るイメージがないから、高速移動によるギャップが恐怖や笑いを生む。高速老婆と実際に当事者として遭遇したとすればかなりの恐怖だろうが、第三者視点から見るとすれば、まるでギャグ漫画のような光景が連想される。

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 一方、高速で移動する老爺は、音速を超えるスピードで走る「超音速じいさん」など、いないことはないが、老婆に比べると圧倒的に数は少ない。これは、古くから「~女」、「~婆」という名前の妖怪は数多く存在する一方で、「~男」、「~爺」という名前の妖怪は希少であるのと同じ理由であろう。

高速移動によるギャップが恐怖や笑いを生む ©iStock.com

これからも高速で走る老婆は増えていくだろう

 女性の妖怪が多いのは、元を辿れば社会的にマイノリティであった女性が妖怪視されたことに起因する。社会の中心が男性であった時代、妖怪を観測するのは男性であった。そのマジョリティの男性にとって異質の存在、つまり社会の中心から外れた存在である女性や、男性の宗教者などは、妖怪として捉えられやすかった。男性の妖怪の名前に「~坊主」、「~小僧」といった宗教者を連想させるものが多いのも、それが要因だと考えられる。

 このような背景から「~女」、「~婆」、「~小僧」といった名前、姿が怪異・妖怪の典型的な形式のひとつとして定着し、現代にも受け継がれているのだ。

 移動手段の多様化や、人から人に伝えられる過程で情報が交錯し、新たな情報が加えられたり、削られたりして、高速移動する老婆のバリエーションは増加した。人間の移動手段が発展するにつれ、これからも高速で走る老婆は増えていくだろう。

 今度はどんな走りを見せる老婆が現れるのか、それを予想してみるのも楽しいかもしれない。

日本現代怪異事典

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歴史人物怪異談事典

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