「お米の消費量を増やしたい。どうしたらいいだろう」

 2011年から山口で古民家再生事業を手掛け、山口市・徳佐地域の定住サポーターとしても活動していた松浦奈津子さんは、頭をひねった。山口は米どころなのに、農家はどこも高齢化が進んでいる。お米をたくさん使うことで、米農家を盛り上げたい。

 ある日、古民家再生事業で知り合った参謀役の原亜紀夫氏らと話していて閃(ひらめ)いた。

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「お米の消費量を増やすには、液体にするのが一番。米の液体と言えば日本酒だ!」

 岩国市錦町の緑豊かな地域で生まれ、川で泳ぎ、野山を駆けて育った松浦さんの感覚は野性的。直感に素直な経歴はユニークだ。

 山口県立大学を卒業後、「山口が好き、人と話すのが好き」という理由で、地域情報紙の編集部に就職。26歳で編集長に就いたが、結婚を機に退職して専業主婦になった。

 ところが、たまたま「古民家鑑定士」という資格があることを知ると、「面白そう!」と資格を取得。寿退社から1年後には、古民家の再生を手掛ける会社を立ち上げた。

 数カ月後、山口市の定住サポーターにも任命されて、見えてきた地域の課題のひとつが米農家の苦境だった。そこで田植えイベントを開いたり、地域のお米を使ったお菓子の製造を始めるなかで、日本酒の製造を思いついたのである。

 同じ頃、一般社団法人ミス日本酒のメンバーから聞いた言葉が背中を押した。

「日本酒もワインと同じ醸造酒で手間暇かけて造っているんだから、ドンペリみたいな高級日本酒があってもいいのにと嘆いていたのを聞いて、それなら私が造ろうって」

 とはいえ、松浦さんは日本酒の素人。故郷の錦町にある創業1764年、山口最古の蔵元である堀江酒場を訪ね、杜氏の堀江計全(かずまさ)さんを「錦町発で世界に通じる日本酒を造ろう」と口説き落とした。

定価88,000円(税抜)の純米大吟醸「夢雀(むじゃく)」 ©ARCHIS

 そうして昨夏に誕生したのが、1本88,000円の「夢雀(むじゃく)」。錦町を流れる日本屈指の清流、錦川の水と、伊勢神宮の御神田にルーツを持つ「奇跡のコメ」、イセヒカリを用いて醸造したこの日本酒は、堀江氏の長年の研究により、熟成すればするほど旨みが増す。

 海外のバイヤーは、夢雀の華やかな風味とともに、ワインと同じように長期熟成で希少性が増し、付加価値となる夢雀を絶賛。いま、ドバイでは1本約60万円、香港では約20万円で売られている。

 松浦さんは今春、山口県立大学大学院に入学。夢雀の海外展開を研究テーマに、そのノウハウを学術的に分析して広く公開することで、日本酒業界全体の底上げを目指す。

「夢雀の事例を参考にしてもらって、どんどん海外に進出してほしい。世界で日本酒革命を起こしたいですね!」

まつうらなつこ/1981年生まれ。生まれも育ちも職場も山口一筋で「東京は怖い」。ドバイでの商談では、世界的ラグジュアリーホテル、アルマーニホテルの日本料理店に在籍する2013年の「酒ソムリエ・オブ・ザ・イヤー」受賞者が「これまで試したどの酒よりも香り高い」と夢雀を評価した。