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2020/01/09

紙の新聞紙を配る会社の運命

 石戸諭さんはあくまでジャーナリストとして取材して記事を書いておられるのが本件なので、ここでは問題意識こそあれ「では、どうすれば日本のジャーナリズムは成立するのんけ?」というテーマにはあまり踏み込んでいません。取材の対価としてどれだけの報酬が得られるのかというエコシステムの問題まででしょうか。しかしながら、改めて状況が整理された記事を読んでいて思ったのは「新聞紙を各家庭に配達し、一等地に土地建物をもっている新聞社や、そういう国内各種マスコミに情報を売って成立している通信社が、もしも本当に立ち行かなくなったらどうするのだろう」という点です。

 もちろん、新聞社各社が頑張って続けているいまの紙の新聞紙を各家庭に配る仕組みが、読者の高齢化とともに死に絶えていくなかで、産業としての新聞業界がいくら軽減税率を得られようとも読者とともに死んでいく運命にあることは誰も否定できません。

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思ったより新聞が減っていない?

 ただし、ここには2つ論点があって、ひとつはそういう「おいしい事業」であった新聞社だからこそできた調査報道や各国津々浦々に記者を配置して記事を作って読者に届ける仕組みが維持できなくなれば、どうやって品質の高い記事で警鐘を鳴らし社会を動かしていくのか分からなくなるよなあという点。もうひとつは「紙からネットへ」と変遷した場合に、ネットで情報を流通させるときに本当に相応しい対価が払われる仕組みが準備されているだろうかという点であります。

 例えば、田中辰雄さんの議論の中に「ネットは社会を分断しない」という大テーマがあります。仮にもネットで情報を扱う身として、クライアントから提供されるデータを解析してもほぼ似たような結論になりますし、本件についてはほぼ実感に近いところなのですが、ではなぜ、紙の媒体が全盛だったころは「社会が分断されていないように見えていたのだろうか」という問いも生まれます。田中先生が解き明かしたことは、ネットが社会を分断しているわけではないという事実に留まらず、ネットがあろうがなかろうが、実は私たちの社会は意外と政治的には分断したところから成り立っていたのだという発見でもあります。

【SYNODOS】ネットは社会を分断しない――ネット草創期の人々の期待は実現しつつある/田中辰雄 / 計量経済学
https://synodos.jp/society/23196

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 また、新聞に対する信頼度は低下し、新聞の発行部数も低迷が続いているとされる割に、思ったより新聞が減っていないようにも思うのです。もっとすぐ滅びると思ったんですけどね。

新聞への信頼感の上下とその理由(2019年公開版)(不破雷蔵) - Yahoo!ニュース個人
https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20191129-00152161/