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 二人の格差は、俳優とそのスタント・ダブルという役割の違いから構造的にもたらされるものである。過去のスターになりつつあるとはいえ、テレビ西部劇の主演で人気を博していたリックは多くの人に知られる存在であり、(主役ではないものの)依然として俳優の仕事も回ってくる。

 しかし、リックの格が落ちた今となっては、専属のスタント・ダブルの出る幕はない。スタント・ダブルとは、いわばスター俳優の影のような存在であり、スターの放つ強烈な光があってはじめて存在できるのである(とはいえ、劇中でヒッピーの少女の口を借りて「嘘っぽい俳優よりスタントマンの方がいい」と言わせているのは、タランティーノからスタントマン/スタントウーマンに向けられた偽らざる賛辞だろう)。

冒頭のクレジットに見る、主演2人の分かち難い結びつき

 劇中では(温かい友情を介して)主従関係を結んでいる二人だが、映画の肝はその二人を演じるディカプリオとブラッド・ピットをほぼダブル主演として扱っている点にある(ただし、アカデミー賞の前哨戦としても有名なゴールデン・グローブ賞では、ブラッド・ピットが本作の演技で「助演男優賞」を受賞している)。第92回アカデミー賞の助演男優賞にも順当にノミネートされており、オスカー獲りにも期待がかかる。また、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、アカデミー賞の主要4部門(作品賞、監督賞、主演男優賞、オリジナル脚本賞)を含む合計10部門でノミネートされており、どこまで受賞数を伸ばせるかにも注目が集まっている。

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 映画冒頭には、画面の左側(運転席)にブラッド・ピット、右側(助手席)にディカプリオが座っているところを背後から捉えたショットが置かれているが、出演者名のクレジットはそれぞれ左がディカプリオ、右がブラッド・ピットになっている【図1】。人物と名前の位置を交差させることによって、陽と陰の役割を担う二人が分かち難く結びついていることを視覚的に示しているのである(もちろん、クレジット順の問題でディカプリオを優先するために左側に置いたと推測されるが、その見せ方に工夫を凝らしているわけである。また、今回の記事では深入りしないが、フロントガラスの奥にはディカプリオ扮するリック・ダルトンを描いた看板が見えており、リックとその複製/鏡像という「ダブル」の主題のヴァリアントもほのめかされている)。

【図1】画面上の俳優の位置と、クレジットの名前の位置が交差している。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ監督、2019年[DVD、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、2020年])

 本作では、この陰陽、光と影の関係性がさまざまに派生していき、そのときどきで明るさと翳りの度合いが変化していく。明るさと暗さはそれぞれ独立した概念ではなく、相互に規定し合う相対的なものだからである。

 先に述べたように、リックとクリフには基本的にそれぞれ陽と陰の役割が与えられているが、劇中に登場するロマン・ポランスキー(ラファル・ザビエルチャ)とシャロン・テート(マーゴット・ロビー)は、この二人組をまとめて相対的な陰の位置へと押しやるほどのまばゆい光を放っている。『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)で世界的な名声を手に入れたポランスキーと、女優として頭角をあらわしつつある妻のシャロンの夫婦は、リックの目にもまぶしく映るのである。