わたしの目から見て彼女は一筋の光だった。だからわたしは光でありたいと思ったの。それがわたしの仕事であり、物語に対する役割であると思った。それを表現することで、多くの人がこの世界においてまぶしい光のような存在だったと語る、本物のシャロン・テートの追悼にもなると思ったの。
 

(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』公式パンフレット所収のマーゴット・ロビー[シャロン・テート役]のインタビューより)

*以下の記事では、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の内容と結末が述べられていますのでご注意ください。

「ダブル」こそがこの映画の真のテーマ

 クエンティン・タランティーノ監督の9作目にあたる映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)には、ブラッド・ピット扮するクリフ・ブースという「スタントマン」が登場する。彼はレオナルド・ディカプリオ扮する俳優リック・ダルトンの「スタント・ダブル」である。

「スタントマン」と「スタント・ダブル」では微妙に意味が異なるが、日本人にあまり馴染みがない表現のためか、原語で「スタント・ダブル」となっているセリフは、字幕ではすべて「スタントマン」と意訳されている。英語の「ダブル(double)」には「二重、二倍」という基本の意味に加えて「代役、替え玉」の意味がある。たとえば俳優の替え玉を指す場合には「ボディ・ダブル」という表現が用いられるが、「スタント・ダブル」はこの一種で、「スタント(stunt)」が必要とされるような場面で、その俳優に代わって(危険な)撮影に臨む人物を指す。

ADVERTISEMENT

 単にストーリーを追うだけなら「スタントマン」と「スタント・ダブル」をあえて区別しなくても理解に支障はないだろう。しかしながら、映画の核となるテーマに迫ろうとするとき、劇中でわざわざ「ダブル」という言葉が繰り返し使われている点を見逃してはならない。なぜなら、「ダブル」こそがこの映画の真のテーマだからである。本作の賛否が大きく割れている理由も、おそらくはこのテーマに関わっている。

©AFLO

丘の上の豪邸と、汚れ放題のトレーラーハウスに示される「格差」

 「ダブル」のテーマは、まずは何といっても二人の主人公の関係性にあらわれている(そもそも、主人公格の存在が二人いる点がミソである)。リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)は、かつてテレビ西部劇で主役を張っていたスター俳優である。しかしながら、映画の舞台となっている1969年の時点ではすでに落目を迎えており、主役を引き立てるための悪役しか回ってこなくなってしまった。ブラッド・ピットが演じるもう一人の主人公クリフ・ブースは、長年にわたってリックの「スタント・ダブル」を務めてきた人物で、彼の付き人も兼ねている。

 落ち目とはいえ、曲がりなりにもスターらしく、ピカピカのキャデラック・ドゥビルを所有し、丘の上の豪邸に住んでいるリックに対して、ボロボロのフォルクスワーゲン・カルマンギアを乗りまわすクリフが暮らすのは、汚れ放題のトレーラーハウスである。車と家の違いは、この二人の「格差」を視覚的にあらわしている。