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落ち目のリックとクリフよりも、さらに暗い存在が忍び寄る

 さて、リックとクリフをヒーローにするためには、落ち目の彼らよりもさらに暗い存在が必要である。本作でその役割を担うのがチャールズ・マンソン(2017年に獄死)率いるマンソン・ファミリーの面々、特にシャロン・テートの殺害を実行しようとする3人のヒッピーたちである(このとき、彼らが根城にしているスパーン映画牧場の持ち主が視力を失っている、つまり光を失って暗闇の世界を生きているという史実に基づく設定も効いている)。

 マンソン・ファミリーによる襲撃は1969年8月9日の夜に決行される。映画はそれに先立つ同年2月8、9日の2日間の出来事を入念に描写し、その半年後に起こる8月9日(から10日未明にかけて)の事件をクライマックスに置いている。つまり、半年の時間的隔たりを挟んで2日間が対になるように設定しているのである。「ダブル」のテーマはこうした映画の構造にも周到に反映されている。

 もともとポランスキー邸を襲うつもりだった襲撃犯たちだが、映画ではその直前に泥酔したリック・ダルトンに絡まれるエピソードが追加されており、それをきっかけとして、彼らは標的をダルトン邸へと変える。ダルトン邸へと続く坂道をのぼる襲撃犯たちの姿は夜闇に溶け込んでおり、その表情をうかがうことはできない【図3】。

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【図3】ダルトン邸に向かう3人のヒッピーたち。全身が闇に沈んでいる。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ監督、2019年[DVD、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、2020年])

 その頃、ダルトン邸ではリックと彼の新妻フランチェスカ、そしてクリフが、襲撃を受けることなどつゆ知らずに各々の時間を過ごしている。クリフは直前にLSD漬けのタバコを吸って、いままさに“トリップ”しているところである。ドラッグの作用で知覚が極度に過敏になっているクリフは、通常の室内灯の明るさにも耐え切れず、一瞬視力を失って、手探りでスイッチを切ろうとする【図4】。一時的な盲目状態をもたらすほどの強烈な光、すなわち陰陽の両極を同時に体験したクリフには、作中でもっとも輝かしいアクション場面が用意されている。

【図4】LSDをキメてトリップ状態にあるため、室内の明かりに耐え難いほどのまぶしさを感じるクリフ。手探りで電灯のスイッチを探している。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ監督、2019年[DVD、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、2020年])