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 クリフは、ダルトン邸に侵入してきた3人を(愛犬ブランディの力を借りつつ)一人で戦闘不能状態に陥れてしまうほどの獅子奮迅の活躍を見せる。そのうちの2人は完全に無力化され、残る一人の襲撃犯は深手を負って半狂乱になり、銃を乱射しながらリックがくつろいでいるプールへと飛び込んでいく。

 突然の出来事に慌てふためくリックだが、倉庫からかつての主演作品で使った火炎放射器を引っ張り出してくると、犯人を「カリカリになるまで」焼き尽くして撃退してしまう。火炎放射器から放出される強力な炎が夜闇を明るく照らし出す一方【図5】、炎の直撃を受けた襲撃犯は黒焦げの身体を晒して力尽きる【図6】。映画内映画の装置であった火炎放射器が、映画内の現実へと滲出してくるのである。

【図5】かつての主演作『マクラスキー 14の拳』(架空の作品)で使用した火炎放射器で侵入者を撃退するリック。強烈な炎が夜闇を照らし出している。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ監督、2019年[DVD、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、2020年])
【図6】真っ黒に焼け焦げた襲撃犯。彼女をこの状態に至らしめた火炎放射器の強烈な炎の明るさと対をなしている。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ監督、2019年[DVD、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、2020年])

『ワンハリ』は、陰惨な現実の「ダブル」を提示した

 駆けつけた警察と救急が帰り、騒ぎが一段落した頃、屋敷の外に一人たたずむリックに隣から声がかかる。シャロン・テートの友人ジェイ・シブリング(エミール・ハーシュ)が心配して様子を見にきたのである。インターホン越しにシャロンも加わり、そこでリックとはじめて会話を交わす。シャロンが彼を酒に誘い、屋敷へと続くゲートを開けると、リックはそのゲートを通って隣へと向かう――史実には存在しないシャロン・テートに会うために。こうしてタランティーノは現実を踏み越えてみせる。映画の中でシャロンは殺されず、出会うはずのなかった隣人リックとの邂逅を果たす。

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 このとき、カメラはダルトン邸の敷地からポランスキー邸の敷地へとゆっくりと上昇しながら移動していき、最終的にポランスキー邸の玄関前でシャロンと抱擁するリックの姿を捉える。このショットによって、リックとシャロンが属す二つの異なる世界は一つに結びつけられるのである。映画が描く虚構の世界もまた、このように現実と地続きであればと切に願わずにはいられない瞬間だ。

 しかし、ダルトン邸からポランスキー邸へとカメラが移動する途中で、二つの屋敷の間に広がる木立の上にさしかかったとき、画面が真っ暗になっている点を見逃すわけにはいかない。ここでは見かけ上の暗転が行われており、二つの世界(リック/シャロン、映画/現実)の間になお暗闇=断絶が横たわっていることが示唆される(タランティーノなりの史実と映画に対する誠実さのあらわれだろう)。

 とはいえ、わたしたちが、陰惨な現実の「ダブル」として、ありえたかもしれない別の可能性(フィクション)を手に入れたのは間違いない。現実の歴史に学びつつも、それとは違う可能性を提示すること。光と影の織りなす芸術たる映画には、そのような“おとぎ話”を説得的に描き出すだけの力が備わっているのである。