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同時並行で連載を8本。直木賞受賞へ

――『名前探しの放課後』までが第1期だとすると、第2期はどこまでですか。

辻村 やっぱり『鍵のない夢を見る』だと思います。それまでいろいろ並行して連載していたものが本にまとまり始めて、執筆の貯金がゼロになる最後の本がこれだったんです。なのでこれで2012年に直木賞をいただいた時、その時期に連載していた8本全部で獲った、という気持ちがしました。

鍵のない夢を見る (文春文庫)

辻村 深月(著)

文藝春秋
2015年7月10日 発売

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――ええっ、8本も同時に?

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辻村 えっと、そうだと思います。『鍵のない夢を見る』と、『ツナグ』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『水底フェスタ』『光待つ場所へ』、それと『サクラ咲く』(2012年刊/のち光文社文庫)という児童小説と、あとは『ネオカル日和』(2011年刊/毎日新聞社)というエッセイ集を作っていました。でも、藤子不二夫先生は全盛期、月16本締切があったそうですから。

サクラ咲く (光文社文庫)

辻村 深月(著)

光文社
2014年3月12日 発売

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ネオカル日和 (講談社文庫)

辻村 深月(著)

講談社
2015年10月15日 発売

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――すごいなあ……。さて、直木賞を獲った『鍵のない夢を見る』は地方都市に住む人たちがちょっと道を踏み外す瞬間をとらえた短篇集ですよね。これまで書いてきたテーマに加え、母親の立場の話もあって、確かにまた一歩踏み出した感がありました。

辻村 たぶん、連載が2、3本だったら、自分の得意なものしか書いていなかった気がするんです。得意なもののなかで、新しい切り口を探しがちだったと思う。でも、並行して8本やることによって、強引に普段使っていない引き出しまで開けた感じがあります。

『鍵のない夢を見る』に出てくる人たちはその最たるものでした。主人公が5人いますが、全員私から遠い人たちなんです。

 それと、連載の媒体ごとにどういうものを書くか意識するようになったのもこの頃です。たとえば『yom yom』だったら1話完結スタイルと決まっていたから『ツナグ』のような設定が生まれましたし、『鍵のない夢を見る』を連載した『オール讀物』は母の友人たちも読んでいたので、「自分よりも人生経験が圧倒的に豊富な読者に読んでもらう小説になるんだ」と思ったことから、どうしたらいいか考えて、ああいう話になっていったんです。

――では、第3期の最初の作品が『島はぼくらと』になりますね。瀬戸内海の島を舞台にした高校生たちの青春小説であり、地方都市問題を扱った作品でもある。謎も散りばめられているけれど、非常に爽やかで気持ちのいい、まぶしい小説です。

島はぼくらと (講談社文庫)

辻村 深月(著)

講談社
2016年7月15日 発売

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辻村 『鍵のない夢を見る』までは、特に『水底フェスタ』が顕著だったと思うんですが、地方と戦う気持ちや、地縁のしがらみが嫌でたまらないということを書きながらも、そこが無理に近代化される必要があるのか、疑問を提示する結論にたどりついていました。今思えばそれは、どうにか地方を肯定したくてあがいていたんだなという気がしていて。

『鍵のない夢を見る』で直木賞をいただいた時に、選考委員の方から「地方に住む女性たちの生きにくさがよく描かれている」と言っていただけて、意外に感じたんです。私はこの話を書くにあたって、女性たちに魔がさす瞬間を書くことは意識していたんですけれど、地方都市についてはそこまで意識していなかったんですね。そこを思いがけず評価していただいたので、あ、もう戦うのはここまででいいのかな、と思いました。

 地方都市についてはずっと肯定したいのに否定を積み重ねてきたところがあったので、否定してきた私だからこそ、前向きに肯定する時もただ肯定するのではなく、いろんな問題も盛り込んでから肯定したいという気がしていました。それを自分が書いたことのない田舎を借りてやってみたのが『島はぼくらと』です。

 最初はまだ戦う気持ちが強くて、Iターンのシングルマザーと地域活性化デザイナーという、30代の女性たちを主人公にしようとしていたんですね。でも、そこから今の自分が気持ちよく読みたいもの、デビューからずっと見てくれてきた人たちに読んでもらいたいものと考えた時に、高校生が書きたいなと思ったんです。