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自分がどんな作家かは読者が決めること何を書いても受け止めてもらえる信頼感――辻村深月(2)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2015/07/12

genre : エンタメ, 読書

note

もう新人じゃないんだ

――それを書きながら、また同時進行でいろいろ書いていたわけですね。昨年の2014年が作家生活10周年で、3冊刊行されました。前半は恋愛、後半は友情を描き最後に強烈にブラックなオチがつく『盲目的な恋と友情』、アニメ業界で働く3人の女性を主人公にした『ハケンアニメ!』(マガジンハウス刊)、さまざまな家族が登場する短篇集『家族シアター』(講談社刊)。

ハケンアニメ!

辻村 深月(著)

マガジンハウス
2014年8月22日 発売

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家族シアター

辻村 深月(著)

講談社
2014年10月21日 発売

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辻村 『盲目的な恋と友情』は『島はぼくらと』と『ハケンアニメ!』という明るい話の間に挟まれたものだったので、思い切り黒く書くのが楽しかったです。でも暗いこともたくさん書いたのに、「留利絵の気持ちが分かる」という手紙をたくさんいただいて驚きました。

――留利絵さんというのは、美しいサークル仲間に憧れて、彼女のいちばんの女友達でいたがって、そのためにいろいろ苦しむ地味な女の子ですよね。

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辻村 「私だけじゃないんだと思って、ものすごく救われた気持ちになった」という風に言ってもらえて。明るく前向きなことを書いて「共感した」と言っていただけるのも嬉しいですけれど、後ろめたい感情を書いたところを、手紙までくれるエネルギーで共感してもらえたのは本当に嬉しかったです。

――『ハケンアニメ!』は女性誌の『anan』に長期連載したんですよね。

辻村 はじめての週刊誌連載でした。『anan』は働く30代の女性たちが主な読者層だと聞いて、じゃあお仕事の世界を書こうと思いました。いろいろ取材に行くことになるだろうと考えた時に、ならば自分が大好きなアニメ業界の方々にお話が聞きたいなと思い、アニメ業界の話になりました。20代の時に『スロウハイツの神様』で書きたかった憧れの世界を、30代の大人になった自分が書いた、という気がしています。

『スロウハイツの神様』の時は、主人公たちがみんな個なんですよね。それぞれがいろんな創作活動をしている。でも『ハケンアニメ!』はチームの話になったんです。周囲と折り合いをつけながら働いていく話になったので、その2つは自分の中では連動した流れだなと感じています。

『家族シアター』はタイトルからも分かる通り、さまざまな家族の形を描いた作品ですが、読者の方に「辻村さんはオタクに優しい」と言われてはじめて、意外とオタクの人たちが多く出てくることに気づきました。家族って、それぞれの好きなものを理解したり、けなしたり、ということで大きく結びついたり、ぶつかったりするんだということが、そのまま出ていたんだと思います。

――昨年10周年を迎えて、どんなことを感じましたか。

辻村 最近、新たに作家デビューした人に「辻村さんの本を読んできました」と言ってもらえるんです(笑)。自分はもう新人じゃないんだな、といまだに思ってしまう。

 今回『朝が来る』を書いた時に、10年経ってこんなことができるようになったんだなと思う点がいくつかありました。連載している時、毎回、書きたいことが最初考えていた枚数の半分で書けるので、無駄な描写がなくなったんだなあと感じました。他にはやっぱり、読者との関係の変化をすごく感じます。10年前から読んでいますと言ってくれる人がいますし、10代の頃に自分が好きな作家さんを読んで育ったのと同じように、今私の小説を読んでくれる人がいるんだなというのが、だんだん実感できるようになってきました。

朝が来る

辻村 深月(著)

文藝春秋
2015年6月15日 発売

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――今後についてはどう考えていますか。

辻村 先ほどは冗談みたいに「余生」と言いましたが、やっぱり今も失敗は怖くないです。先ほど「黒辻村」と「白辻村」の話もしましたが、読者も、私が好みと違うものを書いたとしても、次はまた違うものを何か書くだろうと信じてくれていることが、職業作家としてすごく幸せだと思っています。自分がどういう作家なのかは読者が決めることなので、「こういう作家になりたい」ということは考えていません。

 何を書いたとしても受け止めてくれる編集者というパートナーがいて、読んでくれる人たちがいる幸福な状態なので、これからも興味の赴くままにやっていきたいですね。『朝が来る』の時のように、「これを書いてほしい」というテーマもお待ちしつつ、書き続けていけたらいいなと思います。

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