一九六〇年代の終わりから七〇年代初頭にかけ、東宝はハードボイルドなアクション映画を製作していた。
元々都会的な東宝の作風に加えて、この時期ならではのザラついた空気感と反体制的な風潮、それにどこか厭世的なメンタリティとが絶妙にマッチして、実にカッコいい作品が次々と生み出されていく。
そして、この路線の柱に据えられたスターが、加山雄三だった。『狙撃』『豹(ジャガー)は走った』『薔薇の標的』――それまでの明朗で健康的でさわやかなスポーツ青年=「若大将」のイメージから一転、寡黙でクールでニヒルなスナイパーの役を演じ、役者としての新境地を切り開こうとしている。実際、そうした役柄が意外なほどに似合っていた。
今回取り上げる『弾痕』もまた、この時期の加山の魅力がよく伝わる作品だ。
加山が演じる主人公・滝村は、アメリカ諜報局のスナイパー。どんな困難なミッションも粛々と遂行していく、プロフェッショナルである。
加山はひたすら抑えたトーンで演技をして一切の甘さを見せない。ライフルやけん銃を使う姿も「様」になっている。そのため、ゴルゴ13ばりに完璧なテクニックで次々と標的を仕留めていく――という一つ間違うと嘘くさくなる狙撃シーンにリアリティを与えている。情感を排した息もつかせぬスピーディさで場面を切り取っていく森谷司郎のスタイリッシュな演出も完璧。空撮を駆使したヘリコプターからの狙撃、タイトルロール後のカーチェイス、ボートでの追跡戦――と冒頭から立て続けに展開される緊迫感に満ちた場面の迫力に、早くも心を鷲掴みにされた。
だが、それだけでは終わらない。アメリカのために虫けらのように殺された日本人の死に顔を目の当たりに見てしまったことで、滝村は徐々に自らの任務に疑問を抱くようになっていく。成り行きで関係を持つようになった彫刻家のヒロイン(太地喜和子)と歩く無人の新宿駅西口地下の茫漠とした光景と憂いを押し殺した加山の横顔が、その空虚な心を映し出す。これぞ、ハードボイルドである。
脇役陣も充実している。冷徹な上司役の岡田英次、猛烈な拷問を受けるスパイ役の岸田森、そして滝村と対峙する謎の殺し屋を演じる佐藤慶。ハードボイルドな世界を織り成すのにこの上ない布陣だ。
徹底してクールに乾いた世界は、やがて最高のクライマックスを迎える。荒野の如き埋め立て地を舞台に、壮絶な銃撃戦が展開。砂塵舞う中で決闘する男たちの姿に痺れる。
ラストの寂寥感に至るまで見事に完成されたハードボイルド。ぜひ浸ってほしい。