小説を書くときに手書きがよい理由
阿部 先生は手書きなんですよね。私も最初はノートに手書きだったんですが、今はパソコンです。手元に筆記用具がなければ携帯でメモすることもあります。不思議なことに、手書きとパソコンと携帯と、全部感覚が違って、同じようなことを書くときでも文章が違ってくるんです。先生が手書きなのは、やはり手書きの感覚がしっくりくるのでしょうか?
夢枕 紙に万年筆がこすれる感触と音が好きだし、これでずっとやってるから、もう脳の一部みたいな感じですね。僕はパソコンで文字を打つのが遅いし、パソコンに阿(おもね)っちゃって変換しやすい表現を選んでしまうのが嫌なんです。漢字の表記や送り仮名もいろいろあるじゃない。「おもう」でも「思う」なのか「想う」なのか、その時の気分で決めたいけど、パソコンはそこまで合わせてくれない。携帯なんて文章を予測して出してくれるじゃない。スマホでメールを打つ時は情報だけ伝えればいいから便利なんだけど、小説を書くときはそれじゃあちょっとね。
でも、最初からパソコンを使っている人は、それがもう自然な力になっているわけだから、それはそれでいいんじゃないかな。文体や小説は、歴史が積み重なって出来上がっていくものだから。僕のは、僕の世代が好きな萩原朔太郎や宮沢賢治を読んで育った人間が書く文章だけど、いま20代でデビューした人が書くものは、全く違う新しいものでいい。
阿部 とはいえ、手で書くことの利点も感じます。パソコンで書いている時に変換の候補がずらっと並んでいると、やっぱり思考が逸れてしまって。
夢枕 それはありますね。あと、僕の場合は旅が多かったから手書きしかなかった。原稿用紙とペンがあれば、電気がなくても大丈夫ですから。
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この対談は、夢枕獏さんの「陰陽師」シリーズ最新作、阿部智里さんの八咫烏シリーズ外伝「すみのさくら」とともに、「オール讀物」7月号(6月22日発売)に掲載されます。
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