売れなくなった時のためにいい手を伝授しましょう
阿部 すごいですね。私にはできない。
夢枕 やっぱり自分の限界ってあると思うんだけど、最初から考えて書くと、その限界を超えられないような気がするんですよね。まあ、これは後づけなんだけど。この書き方は失敗と隣り合わせでもありますが、自分でも先が分からないで書き進めるほうが「これ、どうなるんだろう」って、楽しいよね(笑)。
たとえば、『魔獣狩り』(祥伝社)だと「文成仙吉は風の中に立っていた」と、とにかく一行書く。季節が春だったら「咲いたばかりの梅の匂いがした」までは自然に出てくる。で、その場所の描写をするうちに、前号までの流れがあるので、仙吉が何をするのかこっちも分かってくる。それを無限に繰り返していくと、小説が一作終わる。『魔獣狩り』は完結まで33年かかりました。売れなくなった時のためにいい手を伝授しましょうか。終わらない連載をずっとやり続ければいいんです。
阿部 終わらない……(笑)。そんなことができるということが、デビュー5年目の私からすると驚くべきことです。
夢枕 最後まで決めている人って逆にすごいと思うなぁ。デビュー前からずっと書いていたんですか?
阿部 デビュー作は三作目に書いたものです。中学生の時に一作書いて、高校生の時に、昨年出したシリーズ五作目の『玉依姫』の原型になるものを書きました。
夢枕 ご自分でも感じてらっしゃると思うけど、書いている中でどんどん上手くなって、一作ごとにステージがひとつ上がっている。末恐ろしいですね。
阿部 今のところ、まだスランプになったことはないんですが、先生はこんなに長く書かれていて、スランプになったことはありますか?
夢枕 ないですね。一度、書けなくなったことはなくはないんだけど、今思えばどうってことないんですよ。スランプなんて一生書くうちの3ヶ月とか1年とか、短い間でしかない。一生書くという覚悟さえあれば、スランプは全然恐くない。好きだった女の子が逃げたとか、他のことを考えていたい時に書けなくなるときはあるけど、あっという間に締切のほうが迫ってきて。
阿部 締切が許してくれないんですね。
夢枕 締切がなければ書いている量は半分以下だったかもしれないね。締切サマサマです。怠ける理由はたくさんあるし、ネタはボンヤリ待っていればやって来るものではなく、掴み取るものだから。
昔、棋士の米長邦雄さんと将棋を指したことがあるんです。もちろん駒を落としてもらうんですが、その時に米長さんが「脳が鼻から将棋盤の上に垂れるくらい考えてください」とおっしゃった。僕もその表現を時々使わせてもらっているんです。自分が小説を書くときも、やっぱり脳が鼻から垂れるくらい考えて、やっとアイディアが出てくる。勢いがある時は申し訳ないくらい速くなるときがあって、二行目、四行目、十行目、と文章がどんどん出てきますね。