『陰陽師』が31年目を迎えた夢枕さんと、7月刊行の『弥栄の烏(いやさかのからす)』で「八咫烏シリーズ」第一部が完結する阿部さん。和風ファンタジー界のベテランと次世代のエースが語りあう、執筆の秘訣や苦労、創作の源、そして、安倍晴明と八咫烏の関係とは。
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夢枕さんの文章を写経のように写していた
夢枕 阿部さんが松本清張賞を受賞された時のパーティーでお会いして以来ですね。デビューして何年になるんでしたっけ?
阿部 5年になります。私、デビュー前からずっと夢枕さんの大ファンなんです。『陰陽師』は、物心がついた時には学校の図書館にずらっと並んでいました。
夢枕 『陰陽師』を読んでましたと言ってくれる作家の方はたくさんいらっしゃるんですが、生まれる前から『陰陽師』が始まっていたという作家に会ったのは初めてだなぁ。ありがとう。
阿部 特に蟲愛づる姫君である露子姫が、のめり込むほど大好きで。
夢枕 露子姫、いいよね。けっこう可愛い子で、本当はもっといっぱい出してあげたいんだけど、最近出してないな。
阿部 ぜひまた書いてください!
夢枕 じゃあ、今度書きましょう。
阿部 ありがとうございます! 楽しみです。私、ずっと密かに、先生のことを師匠だと思ってきたんです。勝手にすみません……。ですから今日は、『陰陽師』のようなロングセラーを書く秘訣をお伺いしたくて。
夢枕 それは光栄です。阿部さんのデビュー作『烏に単(ひとえ)は似合わない』、あれを20歳でお書きになったなんてすごいですね。特に後半の展開にはびっくりしました。俺の20歳の時なんて、もっとバカでしたよ(笑)。人間のことも全然よくわかってない頃で。
阿部 先生に自分の本を読んでもらったなんて、中学生の頃の自分が聞いたら信じられないと思います。中学1年生の時に初めて『陰陽師』を読んだのですが、文章に色があると感じて衝撃を受けたんです。それまで読んだ本の中で情景描写が一番美しかった。先生の情景描写は色っぽくて、官能的な表現も出てくるので、中1の女子としてはドキドキして(笑)。その情景描写を少しでも自分の中に取り込みたくて、写経のように先生の文章を写していたんです。
夢枕 みなさん、よく聞いておいてくださいよ(笑)。
阿部 『陰陽師』は、いつも情景描写から入りますよね。情景描写を書く時は、頭の中で画像で見えているのでしょうか。
夢枕 大体絵は浮かんでますね。そのすべてを描写するわけではないですが。たとえば男が2人歩いているとすると、どちらが背が高くて、月はどっちに出ていて、2人の肩のどのあたりに光があたっているか――これくらいは頭に入っています。無理して思い浮かべるわけではなくて、自然に湧いてくる。
阿部 情景描写から入るのは何か理由があるのでしょうか。
夢枕 困った時の情景描写、です(笑)。阿部さんは、最後まで構成ができてから書いてるんですよね。僕はそれができないんです。書きながら考えていくことしかできなくて、『陰陽師』でも他の話でも、最後まで決めて書いたものはそんなにない。で、「困った時の情景描写」と言ったのは、たとえば締切まであと3日という時に、とにかく冒頭の情景描写を書き出すんです。そうすると2、3枚はストーリーが進行しない。とにかく頭だけ編集部に送って、ストーリーは書きながら決めていく。