1月29日、水曜日。
A級8回戦の一斉対局。私は▲渡辺明三冠-△糸谷哲郎八段戦の、朝日新聞の観戦記を担当。毎日新聞の観戦記は上地隆蔵さんだった。上地さんは元奨励会の先輩で、週刊将棋に勤めていたときも先輩で、観戦記者としても先輩で、いつも何かとお世話になっている人である。年上なのにちっとも偉ぶらないので、私は勝手に友人と思ってお付き合いをさせてもらっている。
順位戦と名人戦が朝日新聞社、毎日新聞社の共催になったのは第66期(2007年度)だから、干支を一周してしまっている。もうそんなになるのだなぁ。
最初のうちは盤側に記者が2人いる不思議さ、どうやって上座下座を決めるか、そしてもちろん内容の違いなど気になる点もあったが、慣れてしまえばどうということはなかった。
観戦記は、もとい将棋は多角的な視点によって厚みが増すものだから、一局を複数で書くことに問題があろうはずはない。見逃したことや聞き逃したことを補完しあえるメリットもある。後世の人がどう評価するかは見当もつかないが、きっといろいろな意味を込めて「いい時代でしたねぇ」と言われるような気がしている。
「彼は形勢に自信を持っている」
将棋のほうは、夕食休憩に入るまでは糸谷ペースの評判だった。新聞解説の片上大輔七段もそう見ていたし、控室で検討する面々も同様だった。
夕食どきに片上さん、君島俊介さん(▲羽生九段-△木村王位の観戦記を担当)と3人で食事に出ようとエレベーターを待っているときのこと。
開いたエレベーターの中に、糸谷さんがひとり佇んでいた。こういうときは対局者優先が暗黙のルールである。
糸谷さんは「そんな、別にいいんですよ」と笑い、それでも我々が「どうぞお先に」と譲ると、「いやぁ、2階はもう解説会が始まってますかね? いまのうちに飲み物を調達しておこうと思って」と頭をかいた。
糸谷さんを見送り、扉が閉まったところで3人、おかしくなって顔を見合わせた。「彼は形勢に自信を持っている」。言葉にせずとも同じことを感じたと分かったのだ。
「ふじもと」のとんかつ店へ
将棋会館を出て、久しぶりに「ふじもと」のとんかつ店へ。先客はなし。うなぎもよいけれど、時間が掛かりすぎると仕事に影響が出てしまうかもしれない。
注文を済ませて棋界のよもやま話をしていると、別の一団が入ってきた。何やら「ダニー」とか「会長」とか「あまひこ」とか聞こえる。どうも大盤解説会に来たファンの皆さんのようだ。
男女が混じった若者のグループであり、棋士を愛称や呼び捨てで呼びながら楽しそうに盛り上がっている。ここで話す分にはスポーツ選手や芸能人を呼び捨てにするのと変わらない。好意、敬意、親しみを持っているからこその呼び捨てであり、きっと棋士本人を前にしたら緊張でガチガチになって何もしゃべれなくなるのだろう。
関係者であるところの我々は余計なことを耳に入れないように、こそこそととんかつを平らげ、いそいそと店を出た。もちろん、とんかつは美味しかった。