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 つまり『パラサイト』の一家は決して暮らしに切羽詰っていない気楽(?)な“貧困家族”なのだ。ということは、ぜいたくな半地下空間を含め、彼らの貧困とは実は「ぜいたくな貧困」である。

 日本では韓国の現状批判としてよく若年失業率の高さが語られる。「大学を出たけれど人生の展望がない」といって「ヘル(地獄)朝鮮」なる新造語まで紹介されている。これも実態は「ぜいたくな地獄」であって、仕事つまり働き口がないのではない。「給料がよくて休みが十分あり見栄えのいい仕事」がなかなか見つからないという話にすぎない。

『パラサイト 半地下の家族』 ©2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

『パラサイト』は“寄生虫批判”の映画である

 韓国では100万人を越える外国人労働者が、韓国人のやりたがらない仕事に汗水流している。

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 映画の韓国語の原題は『寄生虫』である。(パラサイトはその英語訳だが)決していいイメージの言葉ではない。むしろいやらしく否定的なイメージが強い。したがって映画は「寄生虫」と題することで、主人公の半地下一家を否定的な存在とし、その韓国的な「ぜいたくな貧困」を批判しているとみた方がいいのだ。

 映画は一家4人が、総がかりで金持ち家族をだまし家庭に入り込む手練手管が実に面白く、楽しめる。あの奇抜なだましの手口(シナリオ)は秀逸だ。ここまでが映画の前半で、後半は入り込んだ金持ち宅の地下室に実は先住民のような別の「寄生虫」がいて、この2組の「寄生虫」の暗闘ドラマになる。

『パラサイト』ロケ地(ソウル) ©AFLO

 半地下一家の謀略で金持ち宅から追い出された先任のベテランお手伝いさんが、実は金持ち宅の地下室に借金取りに追われていた夫をかくまっていて、それが新しく入り込んだ半地下一家にバレて大立ち回りとなる。そして金持ち宅の子どもの誕生日の華やかなガーデンパーティにその地下室男が現われ、半地下家族を殺傷した後、自分も殺され、金持ち宅の社長も瞬間の「差別発言」で自家用運転手(半地下一家の父親)に殺されるという、一同血まみれの修羅場が展開される。

ポン監督流の商売上手なしたたかさ

 2匹目の「寄生虫」が登場したあたりからストーリーはいっそう現実離れするが、話の細部にこだわらなければドタバタ調が面白い。最後は、負傷し生き残った半地下一家の息子が過ぎた出来事を反省しながら「大学はあきらめひたすらカネを稼ぎ、金持ち宅の豪邸を買取りたい」と夢を語る。結果的に「寄生虫」は全滅である。

 したがってよく考えれば、この映画は貧者に寄り添い富める者を糾弾するという「貧困と格差」の告発映画では必ずしもない。むしろ“パラサイト批判”の映画といった方が当たりかもしれない。最後の半地下一家の息子の一人語りも「寄生虫」脱出論であり、格差現実への妥協である。